問題は、その翌々日ニューヨークに戻ろうとした時に起きました。こともあろうにレンタカーのカーナビが突然作動しなくなったのです。

スマホは持っていましたが、現地の通信ネットワークに繋ぐサービスには登録しておらず、ネット接続はホテルなどでのWi-Fiにだけ頼っていたので、移動中はリアルタイムな道路情報を得られません。

あらかじめ地図で経路をしっかり調べて決めておくというアナログな方法は考えましたが、次から次と続く高速の分かれ道の一つでも間違えたら迷子になりかねず、大変不安でした。

レンタカー会社の支店は近くになく、仕方なく現地の自動車修理工場に聞いて、その車種のディーラーを探し出して向かおうとした矢先にカーナビが生き返ってくれたので、幸いこの時はことなきを得ました。

「ジーニー」としての自動運転車から「ソヴリン」へ

この経験を通して改めて思ったことは、私たちは今やほとんどの場合カーナビの指示どおりに運転しているだけであり、その限りでは主従が逆転しているのではないかということです。

私たちは道路をナビゲートする能力は明らかにかつてよりも退化しています。もちろん、行き先は私たちが決定しているという意味では、まだ主従逆転は起きていません。

しかし、その行き先に到達するというゴールを達成する手段、すなわちどの経路を通るかというサブゴールの探索と決定は、今やほぼカーナビに任せています。

このように、サブゴールの選択、その達成のための手段と運用などについて、次々にAIに権限を委譲していくと、早晩ゴール自体もAIがコントロールすることになり得ます。

 

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