もしくは勝手に子供に失望します。他者性の低い親なんてゴロゴロいます。
それを国家や経済レベルで行っているのが世の中の教育の殆どです。 話を戻すと、大量生産が可能性なのは、小麦粉を海外から輸入して、小豆を国内で買い付けて、完成品のアンパンに自分達の利益分の値段を加算して国内や海外に大量に売るからです。
自分が所属する集団の交流範囲が拡大することに連動して、世界像は広がり多様になりました。
また、道具の発達により生活スタイルは変わりました。スピードが速くなり、多様な状況が生まれやすくなりました。その結果人々の世界像は拡大して、多様になり、同時に不確実性や未知の範囲も増幅していきました。産業革命が生まれる2000年前や1000年前に生まれた宗教の世界観では人々の不安に対応がしきれなくなります。
人々の全体情報に対する需要に応える商品が必要になりました。
B 3つの神は集団力を土台とした幻想
そこで、代わりに台頭したのが、国家、経済、科学を宗教とする世界観でした。
全体情報の役割は人々の脳内状態を安定させることです。
安心感を与えることです。
―経済が安定すれば大丈夫―という考え方は資本主義教ですね。
―国家が安定すれば大丈夫―は社会主義、共産主義ですね。
科学は知識です。
科学教だけ解説が必要です。
知識は道具化されて物理世界に影響を及ぼして初めて力を証明します。
アインシュタインは光の研究をして相対性理論を発見しました。
それが道具化されて原爆と原発になります。その力を信仰するのが科学教です。
つまり、科学は道具教です。
これらが人々の全体情報になりました。セレブだ、勝ち組だ、タワマンの住人だ、などで騒ぐのは経済教信者です。 国民栄誉賞だ、紫綬褒章だ、官僚は偉いだ、大臣の椅子が欲しいだ、大体地位や名誉を欲しがる人々は国家教信者です。
国際的な賞をありがたく感じる人々は科学教で、道具教ですね。
しかもこの3つの神には共通点があります。
3つの神の根源は記録と集団力です。
経済の特徴は貨幣です。貨幣記録です。
貨幣の起源については色々な説があります。有力なのは時間差を埋めるために生まれた記録です。よく無知な人は経済の原点は物々交換だと言います。浅はかです。
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