【前回の記事を読む】大宰府は秋を迎えた。源高明は職責で最善を尽くす一方で、都の文化への違和感を思う
秋。政策
彼は、元の主である藤原実頼の太刀よりも、こちらの出来に注力していた。故に彼は、娘に山から良質の砂鉄をもう少し集めてくるように命令をしていた。
この作業には、炭の原料となる木材を運ぶ為の郎党を引き連れていく必要はなく、砂鉄の選別を任せられる確かな目を持つ人物。即ち我が娘だけ、が、いれば良い作業であった。川から砂鉄の選別収集、此れは、寒い季節ではなく、夏の作業でもあった。此の作業に百足は、忠賢だけを連れて行った(誘った)。
これは、以前、野犬に彼女が襲われた際の忠賢の働きを彼女が忘れていなかった事も大きかった。故に周囲の誰もこの身分と身形(みなり)が随分と異なる男女の同行に違和感も覚えず、同道が決まった。
やはり、と云うか、作業場から左程遠くはない、御笠川と呼ばれた川の上流には、獣が多く水を飲みに来る場所があった。
其処には、川だけではなく温泉も湧いていた。故に鉱物の種類は、少なくはなく。百足は、予めその辺りでの鉄の収集に目星をつけていた。
周囲に、獣が少なくはない。これが、武威に信頼がおける忠賢を護衛として同道を依頼する本来の目的でもあった。唯、今度は、野犬とは桁違いの、大物が彼らの眼前に姿を現した。
「猪か!」
流石の忠賢も怯まずにはいられなかった。
この時期(初秋・盛夏)の猪は、親子連れが少なくはなく、彼女(母・雌猪)は、百足と忠賢の姿を見ると、自らと左程、見た目の差は変わらなくなって来た、乳飲み子(ウリ坊)とは、もう言えない子供(猪)を守る為に、暫し体制を整える時間を取ってから、猛然と突進してきた。
暫しの間が与えられたので、弓か太刀で立ち向かうのは、何れが優位かの判断をし、狩衣の袖括りを縛り、袖を絞り込む事が出来た忠賢は、弓を捨て太刀を抜き、百足を背に隠した、当に猪突猛進してきた雌猪に向かい、太刀を振り上げずに、向かって来る方向に正眼に構え、革靴を踏ん張った。
太刀の切っ先は、見事に雌猪の口を貫き、太刀の反りに沿って、切っ先は脳天に達していた。烏帽子(冠)は流石に衝撃で吹き飛ばされ、腰の矢束は、壺から地面に散乱したが、柄を握る手を緩めると、彼女は水掫(もんどり)を打って倒れた。しかし、まだ息は有った。