それでも平然と長寿の天皇を書き続けたのには、何か深い理由があったからに違いありません。天皇の勅命で作られた国の歴史書がそんなにいい加減な態度で作られるはずはないからです。
書紀編纂者による格闘の編年作業
『書紀』は原記録史料をもとに編纂されたことは確実です。その証拠に、記事の至るところに、「一書曰(一書(あるふみ)に曰(のたまは)く)」、「一書云」、「一本云」、「別本云」、「旧本云」、「或本云」で始まる分注が多数記されているからです。ここでの「一」は「ある」と訓(よ)み、「書」は「ふみ」と訓みます。これらの中には典拠となった書名を記している場合もあります。この分注の多さは書紀編纂者らの原史料との格闘があったことを如実に示しています。
国内史料は欽明期に作られたらしい『帝紀』と『旧辞』、十八豪族の先祖の墓記・地方に伝わる物語の記録・政府の記録・個人の手記・寺・社の縁起などです。朝鮮に関するものは、『百済記』、『百済新撰』、『百済本紀』、『新羅本紀』など。そして、漢籍については『史記』、『漢書』、『後漢書』、『三国志』、『梁書』、『隋書』などです。
書紀編纂者はこれらの原史料から年代を読み取り、記事を選び、『書紀』の編年作業を進めていったわけです。
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