第一章 序論――紀年論の問題
(一‐一)紀年延長操作は行われていない
紀年とは何か
編年体で書かれた『日本書紀』(以下『書紀』)は西暦七二〇年に成立した日本最古の正史です。「紀」は古訓では「ミマキ」と訓(よ)み、帝(天皇)一代ごとの事績を年代ごとに記録する歴史書のことです。
各天皇紀は天皇の漢風諡号(かんぷうしごう)(天皇や皇后などの死後に贈られる、漢字二文字で表される「おくり名」)に紀を付して表されます。例えば、神武天皇の場合は「神武紀」となります。
各天皇紀に表れる年代を紀年といいます。紀年は、紀元より数えた年数として定義されます。各天皇紀の紀元は天皇に即位した時で、紀(みまき)の元年はその翌年となります。改元を即位の翌年とする紀年法は越年称元法(えつねんしょうげんほう)と呼ばれ、『書紀』が一貫して採用するものです。
一方、改元を即位時に置く当年称元法は『古事記』が採用するものです。当年称元法では先帝の退位年と次帝の即位年がダブることになり、治世年数の合算には注意が必要です。
三十三代推古天皇までの、宝算(生涯年齢)、在位期間、崩御年について比較の表1-1を掲げます。表はこの先紹介します内田祐治編著「『日本書紀』編年再考」(二〇一二年)をもとにして作っています。
表の数値は記・紀原文に記載されているものですが、崩御年については説明を少し加える必要があります。『書紀』が与える崩御年は紀年から読み取ったものです。
また、『古事記』の崩御年については、そこに載る崩年干支(ほうねんかんし)(天皇が崩御した年を干支で表したもの)年を西暦年に変換したものです。干支は六十年周期で繰り返されますので、西暦年に変換するには注意が必要です。

