第一話 出会い 

全身の力が抜け、壁にもたれて座り込む私の顔には、緊急車両の赤色灯がチラチラと反射している。魂が抜けたように宙を見つめ、辛うじて呼吸だけをしていた。手にはまだ生温く粘り気のある液体の感触が残っている。

赤黒く染まった手の中で、スマートフォンに付いている馬のキーホルダーが微かに揺れていた。

パトカーや救急車のサイレンが鳴り響き、多くの警察官が慌ただしく動き回っている。騒然とする現場には多くの通行人や野次馬が立ち止まり、人だかりが車道にまで広がっていた。

野次馬の中には私を見てヒソヒソと噂話をする者や、物々しい現場の様子をスマートフォンで撮影する者もいる。

「事件を目撃された方はいませんか!」

「危険ですから車道に出ないでください!」

警察官は人だかりに向かって声を張り上げていた。

  

「あの、大丈夫ですか? お話しできますか?」

スーツ姿の女性に何度か声を掛けられ、気が付いた私はどこかの建物の一室にいた。

そこは、細長いテーブルと椅子が置かれているだけの、狭く殺風景な部屋だった。窓にはブラインドが下りていて、外の景色を窺い知ることはできない。壁には交通安全を喚起する、警察官の制服を着た人気俳優のポスターが貼られていた。目の前にはスーツを着た男女が座っていて、女性の方が私に話しかけている。

「大丈夫ですか?」

「あ、はい……」

テーブルの上に置かれたスマートフォンに付いている馬のキーホルダーを見つめながら、小さく頷く。

「渋谷警察署捜査第一課の三浦と申します。先程起きた事件のこと覚えていますか? あなたが見たことをお話ししていただきたいのですが」

どうやらここは警察署で、話しかけている女性は警察官のようだ。

「事件……ですか?」

力なく女性警察官を見上げる。

(この人は何を言っているんだろう? 私はなぜここにいるんだろう?)

「事件ってなんですか? 何かあったんですか?」

私が尋ねると、男女の警察官はこちらをチラチラ見ながら何やら小声で話し始めた。

「ショックで一時的に記憶が失われているのかもしれません」

「そうだな、今すぐ話を聞くのは難しいかもしれないな」

ふたりはそんなやり取りをしているようだが、さっぱり理解ができない。

(体中が痛い。早く家に帰って眠りたい)。私は机に突っ伏して目を閉じた。