再びリョウに迫って剣を振り上げた敵の足元に、黒い影が遮るように滑り込んできて、下からエイっと刃を突き上げると、敵はドウと床に倒れ込んだ。その影は家族を心配して戻ってきた父、アクリイだった。父は手早く母の傷の上から布を当て応急処置をしたが、その布からも血が滲みだしていた。母は微かな声でつぶやいた。
「こどもたちを……、早く逃げて」
あとはもう声をあげることもできなくなった母を、アクリイは強く抱きしめた。
「朝虹、まだだぞ、一緒に行くから待っててくれ」
絞り出すように声を出した父は、母の身体をそっと横たえ、二人の子供たちに言った。
「もう時間がない、今すぐ馬に乗って逃げるんだ。お母さんは、お父さんが連れていく」
そして母の胸から、首飾りをそっと外すと、泣きじゃくるシメンの首にかけてやった。
「これは、お父さんがお母さんに贈ったものだ。持っていけ」
その深い藍色をした石の首飾りは、母がこの草原に来てから毎日欠かさず首にかけていたものだ。それから父は、生まれて初めて殺し合いをした興奮に身体を小刻みに震わせ、唇を噛みしめて座り込んでいるリョウに向かって、早口で言った。
「必ず探しに行くから逃げ切るんだ。万が一、父さんが来なかったら、長安の伯父さんを頼れ。石屋の鄧龍だ。油断するな!」
そして、すぐにゲルを出て逃げるように二人を促した。父の背に隠れるようにしてゲルの外に出ると、弓矢の戦いはすでに終わり、敵が荷車を乗り越えたり、岩山を越えたりして斬り込んできていた。父は、二人の眼を交互に見つめ、勇気づけるように笑みを浮かべると、大きく二度頷いた。
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