【前回の記事を読む】朝廷への反逆罪で、父が拘束された。その背中には、鋭い矢が突き刺さってしまい…
第一部 草原の風
一 白昼の襲撃
(三)
アクリイが、まだ刀で戦うすべをしらないリョウの身体を後方に押しやりながら叫んだ。
「母さんとシメンを連れて逃げろ。とにかく、西に走れ」
手伝いに来ていた遊牧民とその家族は、騎馬隊が漢人部隊であるとわかったとたんに逃げ出していた。だが、荷車の陰で応戦しているアクリイの仲間とその家族は残っている。騎馬隊を入り口で防いでも、いずれ後方の歩兵が合流すれば、彼らは集落を包囲して、ゲルの中でおののいている家族も容赦なく襲いだすだろう。
リョウは敵の矢を避けながら、母を探して自分のゲルに戻った。漢人の石屋の娘で、長安の都で育った母は、戦いの場など経験したこともないだろうに、まったく慌てずにゲルの奥に座り、シメンの肩を抱いていた。
シメンには、逃げる準備か、旅支度の袋を肩から斜めに掛けさせている。代々続く石屋の娘で、若い頃から石切場の荒くれたちに囲まれて過ごし、その賢さは家を継いだ兄をも上回るのではと噂されたという母は、度胸も据わっていた。
「リョウ、良く戻った。私はシメンとここにいるから、隠れて馬を連れてきておくれ。それに乗ってシメンと一緒に逃げるんだ」
「母さんも一緒に行くんだよね」
「母さんは、父さんと一緒に行くから、先に逃げなさい」
家の前に繋いでいた馬は、手伝いの遊牧民が乗って逃げてしまった。少し離れた馬柵の中の馬を連れてこなければいけない。出ていこうとするリョウをいったん引き留めて母が言った。
「これを持っていきなさい」
そう言って差し出したのは、普通の石鑿よりも長い、見たこともないような石鑿だった。柄には綺麗な緑の石が嵌め込まれている。