しかし、赤ちゃんの顔つきや体つきは、ダウン症を疑わせるものでした。宮本はその場で確実なことだけ母に伝えました。

「食道も肛門も大丈夫!!」

それを聞いて、母の澄んだ大きな目から、涙がこぼれおちました。控えていたもう一人の小児外科医は、部屋の外で院内PHSで父親に報告しています。

「食道と肛門は大丈夫です! しかしダウン症かも知れません……」

産後、少し落ち着いたころを見計らい、母のいる病室を訪ねました。

宮本が、赤ちゃんが食道閉鎖症でなくて良かった、ダウン症はまだこれからきちんと調べないと、と言い始めると、

「宮本先生、本当にありがとうございました。あの時お顔の見えるところで付き添っていただいてホッとしたんです」

気丈な若いお母さんの言葉に安心し部屋を去ろうとした時、彼女にヒタと見つめられました。

「先生、わたし、あの人にあきらめて欲しくないんです」

えっ、何を……と思うまもなく、

「わたし、この子のことで、あの人の希望する小児外科をあきらめて欲しくないんです」

驚きました。若い妻は、夫の気持ちが障がい児をかかえたらきびしい小児外科を続けていけないと不安定になっていることを感じていたようです。

彼女の大きな茶色の瞳がますます大きく潤んできたのは、突然瞳の全面に涙が湧き上がったからでした。見たこともないような大きな涙が一粒ゆっくりあふれ頬を伝い落ちました。