一人で帰ります
田宮さんは87歳の女性です。認知症がひどいため、今した事を瞬間に忘れてしまいます。デイサービスで退屈そうにしていたので、近くのスーパーに買い物に行く用事があった服部は、田宮さんを一緒に連れていく事にしました。
田宮さんは、買い物かごになんでも入れてしまうので、入れたあとから商品を戻さなくてはなりません。戻した後、必要なものだけ買って施設に帰ります。施設に戻った時、「田宮さん、今日の買い物楽しかったね」と尋ねても、
「どなたか知りませんが私はどこにも行っていません、ずっとここにいました」と思った通りの返事です。ちょっと寂しさを感じる服部です。
田宮さんは、自宅に一人暮らしですが、毎日娘さんが食事を作ったり、掃除洗濯をするために通っていました。毎日通うのはさすがに疲れるので、娘さんのために時々『日向ぼっこ』で田宮さんを預かっています。
三日ほどショートステイをした時、田宮さんは自宅に帰る、と言って聞かなくなりました。夜の8時頃、当直の職員の目を盗み、鍵のかかった窓をこじ開け、裸足のままどこかへいなくなってしまいました。
施設は大騒ぎとなり、従業員総出で近所を探し回りましたが、見つかりません。
服部はきっと電車に乗って自宅に帰ったに違いないと思い、大江と一緒に乗車したと思われる駅に行き、裸足で改札を通り抜けたお年寄りはいないか、と駅員に尋ねました。駅員によればそのような老人は見かけなかったという話です。
それでも服部は、田宮さんが改札をすり抜け電車に乗り自宅へ帰ったに違いないと思い、自宅まで車を飛ばしました。
自宅に着くと部屋には灯りがついており、汚れたままの足で、田宮さんがお茶を飲んでいる姿が見えました。田宮さんは部屋に入ってきた二人に、
「ご近所の方ですか。そんなに慌ててどうしたのですか。どうぞお茶でも飲んでゆっくりしてください」
と何事もなかったように話しかけました。
「田宮さん、どうやってここに帰ってきたの。皆心配して探し回っているわよ」
「私は今日どこにも行っていません。家にずっといましたから」
「でもすごい、どうやって家に帰ったんだろう。電車で誰も不思議と思わなかったのかな」裸足の老人を見て、電車の乗客達は何も感じなかったのでしょうか。あまりにも無関心というか、それとも本当に気づかなかったのか。
今でも施設の十大ミステリーの一つです。
次回更新は1月28日(水)、14時の予定です。