うつ伏せで二日間
送迎担当の中畑から服部に電話が入りました。
「木田さんの家に着きましたが、ドアを開けてくれません。声をかけても小さな声で返事があるだけです」
木田さんは生涯独身で一人暮らしをしている女性です。服部は木田さんの身に何かあったかもしれないと思い、家の合鍵を姪御さんから貸してもらい、大江と二人で急いで木田さん宅を訪問しました。
木田さんは他人の世話になるのが嫌で近所付き合いもほとんどありません。鍵は木田さんと亡くなった兄夫婦の娘である姪が持っています。
ドアを開けて部屋に入ってみると、木田さんがうつぶせ状態で身動き取れず倒れています。どうしたの、と尋ねてみると、2階の階段から落ちて二日間このままの状態で倒れていたとの
事です。木田さんはパーキンソン病のため体が硬く手足が動きにくくなっています。倒れたら誰かに手伝ってもらわないと立ち上がれません。かたくなな性格のためヘルパーの訪問介護なども強く断っています。何とか週2回のデイサービスと入浴だけは受け入れています。
倒れたすぐそばにペットボトルの空容器が転がっていました。その水で何とか生きていたようです。二人は木田さんを布団に移し着替えさせそうとした時、顔の右半分の皮膚がただれ、壊死状態になっているのに気づきました。
大江はびっくりし、「うわー、どうしよう。顔がただれている。救急車呼ぼうか」
以前同じような事があって市立病院へ入院させましたが、木田さんが病院の看護師と喧嘩し、すぐ退院になった事を服部は思い出しました。
「どうせ入院してもすぐ喧嘩して帰されるから、いったん施設でショートステイにしてタカシ先生に診てもらいましょう。ショートステイの間に、自宅にベッドを入れて2階に上がれないようにして、傷が治ったら訪問介護で様子見ましょう」
タカシ先生は、見かけは頼りなさそうな普通のおじさんですが、先生にかかった患者さんは皆元気になります。タカシ先生の見かけはしょぼいですが、隠れた名医ではないかと服部は思っています。
案の定、木田さんはタカシ先生の治療でみるみる元気になり、顔も元通りにきれいになりました。服部はそろそろ自宅へ帰ってもらおうと、
「木田さん、自宅へ帰る準備ができたわ。1階にベッドを入れたから、これからは1階で寝てね。もう2階へは上がっちゃだめよ」
女一人で他人には言えない苦しい人生を歩み、貯金も少なく、近所付き合いもない木田さんに同情していた服部でしたが、木田さんが若いヘルパーに、
「お前は新人か、へたくそな介護をして私に触らないで。私は一人でなんでもできるのよ」と大声でヘルパーを叱っているのを聞いた時、
「あかん、性格悪い。入院してもすぐ帰されるのは無理ない。病気を治すより性格直すほうが先かも」
服部の机には『扱いにくい人間の対応方法』という本が無造作に置いてありました。
次回更新は1月27日(火)、14時の予定です。