(……他の先生方は、きちんとカリキュラム通りの授業をしている。これは、たった一人(ひとり)、清水先生だけの問題だ。清水先生には理(り)がない)

清水先生に責任を取ってもらおうと考え、

(この解決(かいけつ)が、校長の仕事だ)

と、胸を張りながらも、半分ドキドキしながら辞職(じしょく)を迫(せま)った。 でも清水先生は家庭(かてい)を持っていないためか、人柄(ひとがら)なのか何のこだわりも、眼(まなこ)に一点の曇りもなく、「そうですか。分かりました」実にあっさりと、一言(ひとこと)の言い訳もなく辞職(じしょく)に応じたのだった。

清水先生の退職を知った生徒や保護者から復帰(ふっき)を求めて抗議(こうぎ)があったが後(あと)の祭(まつ)りだった。

清水先生は、退職後(たいしょくご)、年ごとに中学受験熱が強くなる中、進学塾(しんがくじゅく)の理科(りか)の先生となった。

山野草のことを面白(おもしろ)おかしく教える清水先生の授業は、迫(せま)りくる中学受験に暗雲(あんうん)が漂(ただよ)いストレスの塊(かたまり)となっている受験生からは、「久しぶりだよ、こんな面白い授業は」と評判(ひょうばん)となった。

でも、高い月謝(げっしゃ)を払っているのに、山野草のことばかりを教えられたのでは、志望校(しぼうこう)に合格できるはずがない。保護者(ほごしゃ)からの苦情(くじょう)が殺到(さっとう)した。

「何をやっている、この大切な時期に。バネや輪軸(りんじく)、滑車(かっしゃ)の難問(なんもん)をやってもらいたいのに」

珍(めずら)しく清水先生は反論(はんろん)した。