【前回の記事を読む】「彼女いてはるんやろ?」煩わしい。わざと遅い時間にずらして1人になる時間を作ったのに寮母さんが話しかけてきて…

回想 ―希望と挫折―

営業職哀歌

大学の体育会出身者が企業にとって重宝がられる所以であろうと至極合点がいった。

閑話休題、運動部の寄せ集めといえば、大学時代誇れることなぞ何一つなかった裕三だが、唯一の胸をはれるドヤ顔エピソードがあった。

この年の七年後、1992年に公開されて大ヒットとなった映画『シコふんじゃえ』に登場する相撲部員の中の名もなきモデルの一人であったのである、裕三は。

監督の周坊正之は裕三が一年の時の四年生、在学中も卒業後も接点はなかったのだが、この時の監督の同級生の立◯大学相撲部の唯一の部員であった男と裕三は、一時期寝食を共にしたのである。

映画では竹長直人が演じているが、この部員は映画に描かれているように本当に相撲部屋に住み込んでいた。

天下の進学校ナダ高校から二浪して入学してきた異色の存在で、当時往年の強豪校であった立◯大学相撲部が衰退の一路をたどるなか、相撲部の再建に向けてさながら巨大風車に立ち向かうドン・キホーテのごとく文字通り独り孤軍奮闘していた。

最下位リーグの大学相撲部の試合に出場するにも部員が足りないため、急遽同じ大学の他の体育会から「にわか相撲部員」が招集されたのである。

アメリカンフットボール部、ラグビー部、空手部、柔道部、日本拳法部。少林寺拳法部エトセトラ、各部から「にわか相撲部員」が募られ、そのうちの一人が裕三であった。

冷たく汗くさい信じられないほどの重さのふんどしを腰に廻し、コンクリートのような固い土俵にたたきつけられ、体中痣だらけになった。

何が入っているか分からない、得体の知れないチャンコ鍋に腹を下し、夜中に汗くさい相撲部屋の布団から脱走して、大学の門塀をよじ上って友人の下宿に逃げ込んだのも楽しい思い出である。

幸いにして本番の試合には出場を免れたものの、大学時代の忘れられない貴重な体験だった。

話をもどそう。直属の上長の課長には、事あるごとに貴重なサラリーマンの心得をご教授いただいた。