【前回の記事を読む】「ベルエポック」と呼ばれる時代が第1次世界大戦によって崩壊…敗戦国となったドイツは失意の中、あの男が…。

1 近代哲学の流れ

ニーチェについて少し述べておこう

ニーチェは、マルクスやフッサールなどとほぼ同時代の人であるが、社会的問題などには余り関心がなかったようだ。ただ、当時の社会(プロイセン・ドイツ帝国)には失望し、軽蔑していたようだ。

ニーチェはほとんど狂人のような人であった。最後には実際精神病で亡くなっている。

牧師の子供として生まれ、真面目で優秀な子供であり、25歳の若さで大学の教授に推薦され前途洋々と思われた。

しかし、処女作『悲劇の誕生(ワーグナーの音楽の礼賛)』によって早くも暗礁に乗り上げる。

これは従来のアカデミズムの作法とは全く異なったものであった。クラシックの発表会でロックを唄ったようなものである。当然学界から白眼視され、結局大学を辞めることになる。

その後は、在野の思想家として論文を発表し続けたが、生前は顧みられることはほとんどなかった。

ニーチェの思想は、反キリスト教(反ルサンチマン)、超人(反ニヒリズム)、永遠回帰(生の肯定)である。

つまり、キリスト教社会(西欧文明)を弱者の恨み(ルサンチマン)による反動としての堕落した文明だとしたものである。

弱者のルサンチマン(恨み)はどういうことか。

例えば、イソップ童話に、ぶどうとキツネの話がある。

キツネがぶどうを採ろうと試みるが結局採ることができず、あのぶどうは甘くなかった、おいしくなかったと負け惜しみで自分を正当化する話である。

このように、自分が負けているのに、あるいは弱い立場にいるのに、負けるが勝ちだよと自己を正当化してきたのがキリスト教文明だとしたのである。

そうした文明は、結局ニヒリズムに至ると断じたのである。すなわち、苦しみに耐えれば、天国へ行けるとしたキリスト教に否(いな)を突き付けたのである。

強者=超人(生をそのまま受け入れ、生きる喜びを味わい行動する者)による新しい人間の生き方を求めたのである。

ニーチェ自身は病弱で喜びの少ない人生であったようだが、生の喜びを味わうことが人の生きる意味だとしたのである。

また、重要な哲学者としてハイデッガーがいるが、彼については次の機会に書くことにする。