「加賀さん、昨日はいいお父さんの日でしたね?」高橋がにやけ顔で近寄ってきた。
「もうびっくりもんだよ。栄子のやつ何度話しても、ライオンが檻から出てきて食べられるって聞かないんだからさ」
肩が凝っているわけでもないが、肩に手をやり揉みほぐす仕草をしながら、加賀は独身の高橋に話していた。
「可愛いじゃないですか。子供なんてそんなもんですよ」
と、独身は気楽でいいと言わんばかりに高橋は日に焼けた顔で笑って見せた。
「おっと、それより、わかったんだよ。あの『ごじゅうえん』の紙切れの意味がさ」
加賀が宝くじにでも当たったかのように目を見開き話し始めた。
先日組長の情報を持ってきてくれた高橋は、加賀がみよこに執着しているのを理解していて、たとえ事件性がなくともきっと話に乗ってきてくれるだろうと思っていた。
もしかしたら、それは加賀の独りよがりに過ぎないかもしれないとも思ったが、良心というものがある人間ならば、少なからずみよこの短い生涯を哀れむはずだ。
改めて高橋を見ると、話の先を聞こうと自分のデスクから離れ加賀の隣に突っ立っていた。
「それで、何だったんですか?」二人分のコーヒーを手にした高橋は、俺って気が利くでしょ、と言わんばかりに隣の椅子に腰をかけた。
「加賀さん、来客ですが、どうしますか」
若い婦人警官が一階から息急き切って刑事部に入ってきた。
「来客? 誰だよ」
「うーん、男性ですけど、なんでも娘さんが亡くなったらしいです」
来客の男は、あまり話をしたくなさそうだったらしく、婦人警官は少し苛立っていた。
「娘が亡くなった」という言葉に触発されたように加賀は部屋を出た。段飛ばしに階段を降り一階についた加賀の目に飛び込んできた男は、よれた背広を着てどことなく怯えていた。
「刑事部の加賀と申します。失礼ですが……」
「あっ、先日娘が亡くなったみたいで」
「亡くなったみたいで、とおっしゃいますと」
「私、家がなくて……トラックで寝ていた……」
「えっ、もしかしたらみよこちゃんですか」
「はい、そうです。みよこは娘です」
加賀は目の前にいる男を殴りたい衝動に駆られたが必死に堪えた。男は加賀の表情からそれを読み取り、少しずつ後ずさりをしていた。
男が動くたびに、赤い鞄を開けた時の臭いが加賀の鼻先をかすめた。加賀が顔を背けたくなるのは臭いだけではなかった。
娘を置き去りにしのうのうと生きている父親はもはや親ではない、加賀は顔を見ているだけでも腹が立った。みよこの父親は違う刑事によって事情を聞かれることになった。
聴取は一日で終わりそうになかった。加賀は、今までの供述書を見せて欲しい、と係長に頼み自分のデスクでゆっくり読み始めた。そこには以前みよこたちが住んでいた住所も記載されていた。
次回更新は1月29日(木)、21時の予定です。