フキノトウ
♫『春一番』(キャンディーズ)
新京成線の新津田沼駅近くの線路脇に細長い花壇がある。膝上の高さまで土を盛り上げてあるが、丹精して花を育てている人はいないらしい。
高いビルの北側にあるため、日当たりも今一つだ。午後に短時間日が当たる西側の一画に、水仙の一叢(ひとむら)が黄色の花を見せている。年間を通して、この花壇で咲く花は、この水仙だけだ。
というのは誤りで、花壇の東側の狭い三角地では、二月下旬から、もう一種類の植物が活動を始めている。フキノトウだ。
先日、萌黄色の丸くて小さい蕾を、四個摘んだ。冬の冷たい土の中で育った、逞しい蕾だ。
帰宅して作ったのは、フキノトウ味噌。茹でて、刻んで、味噌と味醂で和えた。
ご飯は勿論だが、サンドイッチにしても、美味しい。チーズとの相性が良く、苦みが薄らぐ。
全部摘まずに、残りの八個は他の人に譲ろうと思ったのは、今年既に二回フキノトウを食べたから。天ぷらにして、早春の爽やかな味覚を堪能したばかりだった。
数日後、その場所に行ってみると、誰も関心を持たなかったらしく、フキノトウはまだ花壇の隅にある。白い花が咲き、茎が長くなった。八個のうちの三個は、行儀よく並んで電車を見ているフィギュアのようだ。
白とピンクのバイカラーの電車が、轟音を響かせてやって来る。乗客の顔が見える。
観客で満席のコンサートホールのステージで、三人が歌うのを想像した。黄色のドレスを着た粒揃いの女性達が、『春一番』を歌う。気品のある振り付け。乱れない歌声。懐かしいキャンディーズだ。
キャンディーズは昭和四十八年に歌手デビューして、アイドルになった。『年下の男の子』や『微笑がえし』などのヒット曲もある。
五年に満たない短い活動期間の後に、解散した。「普通の女の子に戻りたい」との言葉を残して。
三月に入り、テレビで度々野球を見た。WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)が始まり、目が離せなくなったのだ。
日本代表が優勝して、シャンパン・ファイトをしている。家でビールを飲んで、私も参加した。季節に関係なく味わえる苦みだ。
件の花壇に行く。丈が伸びたはずのフキノトウが一つも無い。ゴルフ場のベント芝のごとく刈り込まれている。
線路の向こうでは、菜の花が揺れていた。春本番を迎えている。(令和五年四月十二日)
【イチオシ記事】「明るくて…恥ずかしいわ」私は明るくて広いリビングで裸になる事をためらっていた。すると彼は「脱がしてあげるよ」