【前回の記事を読む】「生きて大人になればきっと美人だった」…白い手袋のまま遺体に触れ、頬にかかる髪を耳にかけた。死因は…
赤い鞄
あの少女もまた自分と同じ地獄を見てきたのか。だが自分はまだこの世の中に息づいている。どんな地獄もやり過ごしてきた。しかし、少女は亡くなってしまった。やりきれない思いが腸壁(ちょうへき)に湧き上がり、どこを目指すともなく加賀の血管の中を走り回った。
「加賀さん、またあの事件のこと考えているんですか?」
ヤクザ関係の抗争事件で聞き込みをしている高橋が、外回りから戻り加賀に話しかけた。
「ヤクザのドンパチなんか勝手にやらしときゃいいのさ。そうすれば自然にヤクザはいなくなるだろ」この人は本気でそんなことを言っているのだろうか、と思われても仕方のない言い方で高橋に向かって言った。警察も一皮剝けばヤクザと同じだと言った矢野の顔が浮かんで消えた。
「それより、おかしいと思わないか? どうして二週間も経つのにあの子の身元はわからないんだ? 親にしてみればあの年頃は可愛くてたまらない時期だろう」
「ああ、加賀さんのとこのお嬢さんと同じぐらいの年でしたね」
ちょっと気まずい雰囲気になったことを察した高橋は、加賀の質問にちょっとはまともな答えを返さなければいけないと思い、少しだけ考えるふりをした。
「捨て子ですかね?」
あまりにも安直な答えだと思ったが、加賀はそれに食らいついた。
「その線もあったな」
加賀は高橋が出した安直な答えに糸口を見出したかのように席を立った。
署を出た加賀は、高橋の言葉に乗せられて気分が高揚(こうよう)したのはいいが、どこへ行けばいいのかわからなかった。その上、上着を持って出ることを忘れ、外気温がこんなにも下がっていたことを今更ながら感じ取っていた。
上着を取りに戻った加賀は、少女が発見された場所の近辺にある、幼稚園や保育園を把握するため地図を取り出し、園の住所や名前を手帳に書き留めた。そして今度こそは忘れずコートを手に、何かがわかるかもしれないという期待感を抱きながら車を走らせた。
その幼稚園は宗教法人が運営していた。夕方という時間帯もあり園児はもう帰宅し、先生たちがお遊戯会の準備のため、色とりどりの紙で飾り付け用の小物を作っているところだった。
「すみません。こういうものですが」
加賀は警察手帳を見せ、できる限り相手を怖がらせないよう柔らかな表情と声で先生たちに近寄った。