来る日も来る日も酒にまみれ、息子をなじる母を見るのは忍びなくなり、遂に加賀は君江を更生施設に入所させた。暫(しばら)くして見舞いに訪れた加賀に対し、酒がきっぱり抜けた君江はやつれた表情の中にも母親の優しさを覗かせた。

「もう縁は切った方が良さそうだね」

それ以来加賀の結婚式にも姿は見せなかった。君江の精一杯の思いやりだと感じた加賀は、遠くで母を見守る存在へと姿を変えた。

鞄を開けた時の臭いが加賀の中に凝り固まってもはや化石化している闇を呼び起こし、目覚めさせた。

悩みや悲しみは、時間が経てば遠い何処かへ姿をくらます。そして不安や恐怖は、ただのお荷物だけれど、時として人間を健全な場所へ誘い、また時間の流れと共に過ぎ去っていく。

だが、人間の心に巣食った闇は自分を何処かへ誘うことはせず、それ自身が何処へも行こうとしない。その人間の中にずっと居座り続け増幅していくのだ。

警察官になった息子を遠くへ追いやった君江は何もわかっていないのだ、と加賀はいつも思っていた。「市民の安全を守り、市民を安心させるのが警察の仕事」そんな陳腐(ちんぷ)な言葉は一般市民の戯言(ざれごと)なのだと教えてやりたかった。

警察官の中のどれだけの人間がそれを信じているというのだろうか。誰もそんなこと信じちゃいないよ、と加賀は時折大声で叫びたい衝動に駆られた。

現に自分は心に闇を隠して生きている。決して消えることのない闇を抱きながら、まっとうな人間のツラをして捜査に当たっている。そんな自分が罪人に思え、犯人に手錠を掛ける時は、まるで自分自身に手錠を掛けている錯覚に陥る。

次回更新は1月24日(土)、21時の予定です。

 

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