「ちょっと拝見」
と加賀は誰に言うでもなく言葉を発し、その赤いバッグが収まっているビニール袋を手にした。
その赤いバッグは保育園に通う加賀の娘が持っているものとよく似ていた。娘のものは保育園の名前が入っているが、そのバッグには何も印刷はされていなかった。ただ、名前を書いて入れる小さなポケットには、拙い字で「みよこ」と書いてある白い紙切れが入っていた。
「先輩、これは事件性ないですから手を引いた方がいいですよ」 矢野がバッグを手にしている加賀の元へやって来て言った。
「おい、所持品は本当にこれだけなのか?」と、早く切り上げて暖かい場所に戻りたい、と言わんばかりの矢野に尋ねた。
「ええ、そうですよ。俺が来た時はまだ手付かずだったはずです」矢野は常に現場には一番に到着していることを自慢気に話した。
「お前の自慢話なんか聞きたくないよ」
と言いながら加賀は赤いバッグのチャックをジリジリと開けてみた。
バッグを開けるとなんとも言えない臭いが漂ってきた。生活臭と言えば聞こえはいいが、その臭いはそんな生ぬるいものではなく、人生を放棄した者が放つ独特な臭いだった。
生ものが腐った臭い、不衛生な人間の臭い、カビや獣の臭い、それらが空気を作ったような臭いは、加賀の鼻腔(びくう)の奥にもかすかに残っていた。
同じ臭いだ。加賀の鼓動は早くなり、頭の血が足先めがけて急降下した。美化されていない思い出が絶望の上にのしかかっているようだ。腰から湧き出た拒絶反応は加賀を苦しめた。
「なんか臭くないですか?」
独特な臭いが矢野の鼻先をかすめた。
「指の一本でも入っているかもしれないな」お前みたいなボンボン育ちにはわからない臭いだ、と言いたかったが、加賀はその言葉を飲み込んだ。
次回更新は1月22日(木)、21時の予定です。
【イチオシ記事】「明るくて…恥ずかしいわ」私は明るくて広いリビングで裸になる事をためらっていた。すると彼は「脱がしてあげるよ」