【前回の記事を読む】娘の元交際相手と一緒に暮らすように…彼は大学生という身分を利用し、ほとんどの時間を私に費やした。
赤い鞄
「何か所持品は見つかったか?」
加賀健 (かがたける) は、鑑識官の背後から声をかけた。日照時間が一番短い季節、灰色の空からは雪の妖怪が舞い降りるのではないかと思わせる寒い午後だった。
周りを見渡せば雑草が自分の背丈の半分ほどもあり、猫の死体が転がっていてもおかしくはない場所だなと思いながら、靴のつま先で大きめの石を蹴り鑑識の人間の返事を待っていた。こんな場所は好きになれない。
伸び過ぎた雑草の向こう側には、死んだ魚の鱗(うろこ)のような屋根瓦が身じろぎもせず沈黙を守っていた。鱗を屋根にした家屋は今にも崩れそうで、灰色の空にはお似合いだった。
子供の頃はこんな場所が自分たちの溜まり場だった。どうでもいいものを宝物と呼び、土を掘り起こしその穴に埋めていた。自分たちの世界が全てと感じていたあの頃は、なんでも面白くっていつも笑っていた。
でもいつの頃からかアスファルトで舗装(ほそう)された道を歩くようになり、この場所のように雑草が生い茂り、土が「地面」と呼ばれる場所には近づかなくなった。懐かしさがほんの少し顔を出した瞬間自分に話しかける声が聞こえた。
「先輩、お久しぶりですね」
「なんだ、矢野(やの)じゃないか。この事件の担当なのか?」
「ええ、そうです。でもこれって事件性あるんですかね?」
鑑識という腕章を着けた矢野は加賀の二期後輩だ。大学が同じであったこともあり何かと加賀は可愛がっていた。それに応えるよう矢野も、まだ捜査線上では明かされていない情報を、さり気なくギリギリの線で加賀に漏らしていた。
警察の社会での上下関係は絶対である。本来ならば捜査を取り仕切っている課長、もしくは係長に上げなければいけない情報でも、矢野はわざと回りくどい言い方で加賀に伝えるのだった。矢野も加賀同様警察の上下関係にはうんざりしていた。いつだったか夜の街に二人してくり出した時、
「警察なんて一皮剝けば暴力団となんら変わりないですよ」
矢野が酔いに任せて言っていたのを思い出した。
矢野が担当ならこの件は自分の手中にできる、と加賀は内心ニヤリとしながら、矢野の肩を合図のようにポンと叩いた。幼女の変死体となれば変質者による仕業(しわざ)で、ニュースバリューは十分にあるとふんだ加賀は、
寒空とは裏腹に体の中に熱いものが煮えたぎる感覚がして、なんだか落ち着かない様子だった。だがそれを誰かに悟られるのはまずい、そんな悪戯(いたずら)な大人の配慮が、加賀を上手く道徳という蓑(みの)の下に匿(かくま)うのだった。
「しかし、寒いな。仏さんの身元がわかるものはあったのか?」
加賀が冷え込む地べたで足踏みをしながら同じ課の高橋(たかはし)に聞いた。高橋もまた寒いのかコートのポケットに両手を入れたまま、
「いや今のところはわかりません。その赤いバッグ以外に何も見つかっていません」と、白い吐息まじりに答えた。
高橋が言った赤いバッグは、すでに科捜研に回すようビニール袋に投げ入れられていた。