こうやって音量をフルにして、イヤホンで音楽を聴いていればあの声は聞こえてこない。徹は自分の部屋の片隅で膝を抱えて音楽を聴いていた。
「いやぁ、やめて」声の主は徹の母親だ。父親が母親を殴っている。見たくもなければ聞きたくもない。徹の父親が母親に暴力を振るうようになったのは、徹が小学校の高学年になった頃からだ。
その頃はまだ父親の腕力には敵(かな)わず、止めに入ると投げ飛ばされていたが、今ではもう父親の身長をはるかに超え、徹が投げ飛ばすこともできた。だが最近は、なんだかそれさえも面倒なことに感じてきた。
足首に汗が流れ落ちる。もう何時間も膝を抱えているからか、膝の裏側に溜まった汗が流れ落ちる。身体を揺さぶりながら徹は思い詰めていた。いっそ父親を殺してしまおうか。
エアコンのリモコンさえ汚らわしいものに感じ、エアコンをつけるのをためらった。身体から流れる汗が不快で、父親に対する憎悪が容赦なく増幅していく。揺すっていた反動で徹は立ち上がった。
とりあえずここから出よう。イヤホン越しのかすかな声が聞こえなくなった瞬間、徹は気持ちを切り替え、昼間よりは涼しくなった夏の夜に自分を溶かしていった。
徹は駅前のロータリーで地面に腰を下ろしていた。家族を迎えにきている車を眺めながら、何を考えればいいのかわからないまま時間が過ぎた。そこへ女子高生が声をかけてきた。
「ねぇ、何してるの?」
制服のスカートを腰の辺りでまくしあげ、自慢の脚を見てとばかりに強調している。
「はぁ、べつに」
気のない素振りをしてみたが、彼女には通用しないらしい。
男は皆自分を求めていると思い込んでいる。女子高生特有のはき違えた自慢気な顔が徹を見下ろした。面倒くさいな、と感じつつ暇つぶしには丁度いいか、と徹は彼女の前に立ち上がった。
その瞬間、少し驚いたように彼女は後ずさりした。徹は身長は高いが、顔は人形のように小さく見事な八頭身をしている。まるでいい獲物を見つけたかの如く、彼女の表情はパッと明るくなった。
こんな女子高生の表情を徹は幾度となく見てきた。徹にはこの後の二人の展開が手に取るようにわかる。「わかりやすいバカな女」徹は彼女に聞こえないよう、熱帯夜の空気の中に言葉を吐き捨てた。