客の懐にもぐりこんだ自分の分身は、日を追うごとにジリジリと大きくなる。そして、客は生身の風俗嬢に会いたい、触れたいと思うようになり一週間も経たないうちに会いに来る。

三日に一度では相当金銭的に余裕がないと、風俗店に通うことはできない。一週間という単位は、夏海にとってありがたい間隔だった。夏海は、それを繰り返して指名客を増やしていった。その為には相手によって自分自身を違う女性に変えることも決していとわなかった。

指名が増えた頃から、店の従業員たちの夏海に対する態度も大きく変化した。それはまるで女王蜂に仕える働き蜂のように男達はひれ伏していた。こんな所に長くいたら人間がおかしくなる。

自分がいるこの世界はとても小さな世界なのだ、とこの頃から感じ始めていた。心はいつもアジの開きのように干からびて、じきに腐ることを予告していた。

時折客足が途絶えた時、夏海は誰も開けない部屋の窓を開ける。手を伸ばせば隣のビルに手が届く。そんな狭い隙間からアイスキャンディーのような綺麗な水色の空が見える。小さな空に向かって飛ばした紙飛行機は、壁にぶつかり空へは届かず落ちるだけだった。

この隙間こそが自分が存在する唯一の世界に感じた。窓から飛び降りたくてもその隙間では死ぬことさえできない。紙飛行機のように壁に引っかかりながらズルズルと落ちるだけ。情けなくて滑稽な小さな世界が私の居場所と言い聞かせていた。

言い聞かせたつもりでも時折、そんな何も望めない狭い世界に存在することが忌まわしく堪(た)え難かった。夏海の思いとは裏腹に周りはひれ伏して愛想笑いを浮かべる。

風俗業界に身を置く女性にはこの愛想笑いが必要なのだ。水中のゆらめきのようなねじれた笑顔にしか、居場所を見つけられない女性も沢山存在することを夏海は知っている。

夏海は個室待機のため、他の風俗嬢と顔を合わせることはほとんどなかった。だが、時折店の都合で大部屋待機をすることもあった。コンパニオン同士が会話をすることはほとんど無いのだが、ただ一人夏海よりもはるかに若いコンパニオンが夏海に話しかけてきた。

大した会話をしたわけではない。だが、彼女が心を病んでしまっていることは、夏海にもはっきりとわかった。サンリオのキャラクターの座布団を大事そうに使っていた。財布もよく見れば同じキャラクターのものだった。同じ年頃の友だちが他店に在籍している、と秘密を打ち明けるように彼女は話してくれた。

その風俗嬢も同じサンリオのキャラクターが好きで、コンビニのくじでお皿が当たったなどと、夏海にはどうでもいい話を嬉々として話すのだった。

次回更新は1月14日(水)、21時の予定です。

 

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