【前回の記事を読む】親友は敵方の縁者?! 彼と敵対しないためにも若き将軍義満は南北朝の統一を画策する――
第二章 変化(一三七九年)
――この一年で色々な事が変わってしまった。細川頼之はもう京都にいない。心を許せる唯一の友だと思っていた世阿弥ともあまり会えなくなるだろう。
良し、これからわしは誰にも頼らず、一人で戦って、絶対に勝って見せるぞ。反抗する者は全て抑え込み、懐柔出来る者は全て懐柔し、頼之を京都に再び迎え入れてやる。南北朝にも決着を付けて京都で世阿弥に能の公演をさせるのじゃ――
――しかし、わしは未だ、どうして生まれて来たのかを知らない。それが分からなければ、戦い始められない。誰か教えてくれる者はいないだろうか。京都の僧侶達は贅沢な暮らしをしているだけでちっとも中身が無い。鎌倉の禅寺の僧達は清廉だと聞くが、氏満の師事している義堂周信(ぎどうしゅうしん)はどうだろう。今なら氏満も断れまい――
室町第から家に戻された世阿弥は、毎日一心不乱に能の稽古に励んでいた。十六歳になり、声変わりが始まっていた。「天才子役」を脱皮して真に一流の大人の役者に成れるかどうかの正念場を迎えていたのである。
細川頼之が郷里の四国に戻ると、二十九歳の斯波義将が念願の管領職に就いた。以前細川頼之と対立して丹後に潜んでいた禅僧の春屋妙葩(しゅんおくみょうは)も、頼之追放を見計らった様なタイミングで京都に戻り、五山第一の南禅寺の住持に就任した。義満は早速二人と会見、慇懃に祝意を伝えた。
――二人ともあまり虫は好かんが、どちらも有能である事は確かだ。煽れば幾らでも働くだろう。せいぜい上手く利用する事にしよう――
政治的な混乱も収束し、室町第がほぼ完成した頃、義堂周信が鎌倉からやって来て義満と初めて会った。
「これはこれは義堂周信殿、鎌倉から遠路遥々、良くぞいらして下さった。御僧のご高名は予てより伺っており、どうしてもお会いしたくて無理を言いました。お聞きしたい事が山程あります」
「将軍殿より京都にお招き頂くとは、拙僧にとって光栄の至りに御座います。又、この度の鎌倉での一件、実に申し訳なく思っております。拙僧が氏満殿を諌める事が出来れば、上杉殿が腹を切られる事も無かったのにと、悔やまれてなりません」