「そうご自分をお責めにならないで下され。鎌倉の件は所詮政り事の話、世俗の者に任せておけばよろしい。御僧にはもっと大事な事を教えて頂きたいのです。人は何故生まれて来るのか、とか」

「分かりました。一緒に、生まれて来た意味について考えて行きましょう。こういう事はお教え出来るものでは御座いませんから。差し当たって中庸から読み始めましょうか。指導者は如何にあるべきかを学ぶ事が出来ますから、将軍殿に相応しいでしょう」

人生の意味は教えられる様なものでは無い、という答えに少しがっかりした義満だったが、慎ましく如何にも学識の深そうな義堂周信には畏敬の念を感じた。

そして猛然と向上心が湧いて来て、四書五経を夢中になって読み進んだ。その理解の早さと深さは、秀才の誉れ高い義堂周信ですら感心する程だった。

――楽しき君子は民の父母、。民の好む所は好み、民の憎む所は憎む。これをこれ民の父母と言う、か。まるで、民と共に能を楽しむ、未来のわしの事の様じゃ――

この頃義満は室町第で雅楽の演奏会を盛んに催した。能の様な新しい音楽も好んだが、既に六百年の歴史ある雅楽の、奥深い魅力にも惹(ひ)かれていた。

只、高度に洗練された音楽が完璧に演奏される事はあっても、心を打つ様な情熱的な演奏には滅多に出会えない事も知っていた。稀有な例外は、加賀局の箏(こと)であった。

彼女が弾くと、何百年も前の曲もたった今作曲された様に新鮮に聞こえた。音楽理論にも詳しく、六種類の調がどういう風に違った雰囲気を持ち、それぞれが季節や色や体の臓器と呼応しているか迄詳細に義満に講義した。

流石の義満も全てを理解する事は出来ず、彼女の繊細な耳と音楽的才能に脱帽するばかりだった。得意であった笙(しょう)の演奏にも色々助言して貰った。

 

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