【前回の記事を読む】下階の迷惑住人が「ゴミまで出してくれて本当にいい人」と…買い出しに出た友人にメロンと豚まんまで渡し…「まさか」
夜空の向日葵
大吟醸はいつの間にか、空瓶になっている。うちの子、クラスの男の子とサッカーしてて、ボールを取ろうとして転かして大怪我させたのよ、と少しろれつの回らない調子で莉奈がグチった。
それを聞きながら私はワインをオープナーで開けた。突然、莉奈が窓の外を指さしてあ、花火と大きな声をあげた。
窓の右端の方の山と暗い空と海の間にきらきらと遠くの街の光が輝いていて、その中に光の筋が伸びている。目の前に伸びている木の枝が、花火を少し遮っている。莉奈がワイングラスを持ったまま、窓を開けて外に出た。
「あれ、ベランダ続いてるじゃない。あれれ」
莉奈の大きな声がして、私は後を追った。
「ちょっと、ここ、隣? この家の部屋? どっちなの」
ベランダから莉奈が覗き込んでいるのは、例の部屋だ。
「そっか。ここ、玄関入ってすぐ右のとこ。あのふすま、収納かなにかだと思ってた」
莉奈が再びベランダから部屋に入ると、リビングを出て例の部屋へと向かった。
「ちょっと、もったいないじゃない」
「あ、だめ。そこは」
私の言葉にかまわず、莉奈はふすまを開けて部屋に足を踏み入れた。部屋中央には裸電球がコード一本でつり下げられていて、莉奈がつけたのか、薄暗い電気がついた。
管理人室の事務員がマーカーで〇印をつけた部屋の図面を思い出した。ほら、ここ、この部屋で。確か、事務員は赤い口紅の口元をぬめぬめと動かしながら言っていたはずだ。
ちょっと、莉奈、そこは……、そう口走ろうとして、私はひと呼吸した。眺めのいい部屋があるのに、といいながら、莉奈が部屋を見回しているのを見つめた。
まあいいか、と私は思った。その気持ちのずっと奥底の方に、私なんかが絶対住むことのできない莉奈のタワーマンションが浮かんだ。莉奈は、窓につり下げられていたビニールシートのカーテンを勢いよく引いて、窓を開けた。
「ここからが一番景色いいのに。ほら、花火だってこんなにきれいに見えてる」
莉奈が指した方向の目の前に、大輪の花火が見えた。
「どこの花火大会かしら? すてきな景色ね。すいこまれそうなくらい」
外に向かって手を広げて、それを抱きしめるような仕草をした。
「この部屋だって、使わなきゃ」
「でもさ、ほら、一人だからそんなに部屋、いらないかなって思って」
「だからって、掃除ぐらいしないと。埃だらけじゃない。おまけに、なんか臭いよ、ここ」