遍路宿では、書かれていることを実感する現状を垣間見ました。同宿していた方が、焼山寺を越えてようやくこの遍路宿に辿り着き、数日滞在し体力と気力の回復を待ったが、最終的には明日帰るとのことです。
志半ばで帰路につく。多くは、このような状態を「挫折」と表現するように思います。でも「挫折」という言葉は、あまりにもキツ過ぎます。何らかの考えや想いを持って、歩きお遍路に臨んだ。その事実はとても大切だと思います。
準備不足、計画が甘い、根気が無い等々というかも知れません。しかし、風光明媚に興じ美食を堪能するでもなく、ひたすら歩き続け読経する時間に身を投じています。
結果が伴わないことは、即だめなことという考え方では無く、自分の気持ちを大切にして「挑む」「一歩を踏み出す」そのことに価値を見いだす、そんな意識、価値基準のある社会だったらいいなって思います。私だって、もしかしたら……。決して人ごとではない、これ偽らざる実感です。
5日目 「弘法大師に招かれた」のか(3月17日)
山岳霊場を下りきり、街場に入って15番札所国分寺(こくぶんじ)から17番札所井戸寺(いどじ)までの3霊場を巡拝します。
四国四県には、それぞれ國分寺があります。その最初が「阿波國分寺」15番札所薬王山金色院國分寺です。
國分寺のある場所は、徳島市国府町(こくふちょう)で、阿波の国と言われていた頃は、政治や文化の中心地域でした。
👉『楽ではない お金もかかる 大変なだけ それなのになぜ行った!?』連載記事一覧はこちら
【イチオシ記事】男たちの群れの中、無抵抗に、人形のように揺られる少女の脚を見ていた。あの日救えなかった彼女と妹を同一視するように…
