的の定め方
いくつか芽を出して育てていると、どの方向に自分(たち)は向かっているのかが漠然としながらわかってきます。
「自然と人間が織りなす場」「人が集まれば発生する集団」「過去から今という時間」などが混じる地(土)に根を這わして芽を出していけば、自ずと抽象的になっていきます。
「感性」と「知性」と「感情」を要(かなめ)として、幅広い抽象的なものは扇型となります。
切ったチーズケーキの形です。元の丸いチーズケーキ全体が地域全体なら、そのどこかの部分を担います。
的外れなことをしなければ、自ずと扇型の範囲は決まってきます。
あるいは数年して(桃栗三年柿八年)的が定まったら、ことばと企てを追加して扇を少しずつ広げていきます。
仮に「的を射た」企画となっても、すぐに多くの方から「いいね」とはなりません。
その一方で、社会には同じような疑いや憤りを抱いている方がいますから、そのような方々には「的を射た」企画と賛同されます。時間はかかりますが。
「的外れ」か「的を射ている」のかの判断は「公益性」と思います。
じゃあ、公益性が高いとはなんであり、どうやってそれが判断されるのか難しい問題です。
少なくとも趣味(私が打つへぼ碁)ではないことははっきりしていますが。
自分にとって的を確認した瞬間は『ルネスをあそぶ』という企画名を付けた時でした。地域で企てをし始めて3年たった時です。ふと浮かんだことばです。
「で」なく、「を」という助詞が的を示してくれたのです。
15年たって、いまは「ホールを原っぱにしてあそぶ」という表現をしています。
少しずつ扇型を広げていってます。