一‐二 いい声優になるとは、どういうことなのか ~沢村祐太朗~

沢村祐太朗(さわむらゆうたろう)は、査定を前に悩んでいた。赤坂事務所の預かり生になりレッスンには楽しく参加していたが、とにかく手応えがない。周りの有能な仲間からその才能を見せつけられていたとはいうものの、劣等感が募るというほどでもなかった。

声優学校では優等生で、赤坂事務所も自分から希望してその座を射止めたほどだ。誰よりも調べ、研究し、多くのピースを集めて上手く組み合わせる。その職人としての力量に自信はあった。

実力のある息の長い声優になるのは自分のような人間なのだと密かに思っていたが、一方でそれは勝手な思い込みであり、プロの声優は違うのではないかとも思いはじめていた。一年のレッスンを通して何かが違うのは感じていたが、それが何なのかよくわからないまま査定を目前に控えていた。

因みに、実力のある声優とはどんな声優のことをいうのだろう。それは、もちろん技術のある声優のことをいうのではないのか。技術? 決められた尺に合わせたり、噛まないで台詞を言えるテクニックのことか。

そんなことより、芝居がいい声優のことをいうのではないのか。そう、表現の世界である以上それは重要なことだ。声優のいい表現、それはどんな表現のことをいうのか。声優は、他の芸事をやっている方々と同様、日々様々な疑問と直面する。沢村は、この“いい表現とは?”という命題を神野から突き付けられ、目の前が真っ暗になった。

 

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