3 だからさぁ。
食は命
貞さんの関心事は一に食べ物、二に食い物、三、四がなくて五にフード。食に対して実に貪欲だ。しかしここに多少の物忘れが生じるので、ことはちとややこしいことになる。
食後、「ちょっと寝てくる」と居間にある自分の介護ベッドにヨタヨタ戻り、こてっと横になる。不良爺さんなので何をやり出すか分からない。眠りにつくまで安心はできないのだ。
時折台所から居間を覗いて、貞さんの動向をチェックする。でもここで注意しなければならないことがある。目が合ってはならないのだ。目が合うと大変! 貞は言うのだ。「何?」
こちとら慌てて「何でもない」と言うが、貞はすかさず「何? ご飯?」と聞く。
「さっき食べたでしょ」と言うが「食べてない!」と言う。
「食べた!」「食べてない!」のやり取りを数回繰り返した後、貞が「じゃおかずは何?」と聞く。ここでこちらは大体ウッと詰まる。敵もさるもの、切り返しが鋭い。痛いところをついてくる。「おかずは?」と聞かれ、まず「なんだっけ?」となる。こちらも相当ヤバいが、それよりちゃんとした献立でないから返答に窮するのである。
トンカツ、カレー等々メインディッシュがはっきりしている時はいい。簡単だ。
その旨告げれば大抵の場合「あぁ、あぁ、あぁ」と言いながら納得する。しかし、しかしである。
我家の食卓の場合、メインディッシュが曖昧というか、ない場合が多々ある。大体料理人が食べるのは好きだが作るのは嫌いときている。それに発育盛りの家族が居るわけでもない。
居るのは90代の老夫婦だ。こちらも退職して自堕落な生活をしているからか、最近人間ドックの検査数値がよろしくない。悪玉コレステロールだったり、糖尿の数値だったり。多少のつまみとアルコールがあれば、ガッツリ食べない方がいいのだ。
そんな訳で我家の食卓は昨日の残り物だったり、一昨日の残り物だって出てくる。残り物だから元々量が少ない。炒め物だったり、煮物だったりの訳の分からない塊が、ワンプレートにちょこちょこ載ることになる。
そうなると、「おかずは?」と問われ、「忘れたか? ○○だ!」と悲しいかなはっきり言えないのだ。自ずと「だからさぁ……何かさぁ……炒め物とかさぁ……要はエツコズ・スペシャルよ」とかモグモグ答えることになる。
口ごもるから益々真実味が失せる。出している方が「訳が分からないもの」を出しているという自覚があるのだから、出された方は余計分からない。
まして難ありの98歳だ。無理もない。貞さんにしたら、「こ奴、また偽りおって」というところだろう。
記憶を呼び覚ますことは諦め、貞さんの満腹中枢に訴える。
「あーお腹いっぱい」と腹を突き出しパンパンと叩くジェスチャーで応えると、「お腹ペッコペッコ」と同様のジェスチャーで返してくる。お腹よりおつむがペコペコなんだよ、貴方は。
すでにベッドに座り直し、いつでも「食べに行くぜよ~」態勢をとっている貞さん。
恐るべし食欲!
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