[④ カール・ポランニー(1886~1964年)] 

『人間の経済Ⅰ・Ⅱ』カール・ポランニー著

『現代に生きるカール・ポランニー』ギャレス・デイル著

『カール・ポランニー』若森みどり著  より引用と編集

■経済人類学の道を拓いたポランニーは、市場経済(交換)のメカニズムを徹底的に検証し、批判した。社会の中で、経済価値が支配的な地位となり過ぎ、販売目的で生産されたわけではない人間活動(労働)や自然(土地)までもが商品として転化・包摂された。

市場では、人間の意志ではなく、価格が労働の方向を決定し、利子率が資本に命令する。市場経済の突出は、非人格的な社会関係を生み出し、人間本来の「生」の充足がおびやかされ、不自由な社会をもたらす。

■市場が過剰に拡大すると、社会は人間の尊厳や自然環境の保護を求めて自己防衛機能を働かせる。それによって、市場の需給メカニズムは歪む。自己調節的市場は、幻想である。一方、政治的・経済的な制約を受ける社会もまた、不完全である。

■社会と人間が、経済活動を通じて調整しながら生きるヒントを得るために、彼はエジプト、ペルー、ギリシャなど、市場が曖昧な頃の古代経済までさかのぼって探索した。

■古来、人間が経済過程を秩序立てる統合諸形態は、「互酬、再分配、交換」である。

「互酬」は、贈り物や譲渡、扶助など、時には贈与者へのリターンを伴わない財やサービスの移動。「再分配」は、時の権力者など、中心へ移動した財などが改めて外に向かうこと。「交換」は、価格決定市場などメカニズム内の任意のつながりとなる。

■ポランニーは、人間社会にとって、市場経済に基づいた非人格的・利得優先の交換だけではなく、共同体内のつながりを深くする互酬や、社会の中で生きる安心や希望をもたらす再分配を過去に置き去りにせず、機能させることに意義があると提起した。

■効率と自由を調整して生きる産業社会で、人間がより自由に「人格的生活(良き生活)」を充実しておくるためには、経済システムは社会に命令するのを止め、市場経済は、社会に埋め込まれるべきだ、と考えた。

*もし、ポランニーが現代日本を訪れたなら、震災時の被災地応援消費や、ゲームのファン・コミュニティにおける「推し」の見返りを求めない献身的な活動、郷里から届いたお米や果物の近所へのおすそ分けなど……

この国の日常的な営みが「互酬」にあふれていることを、どう感じるだろう。日本は意外と、GDP的な市場経済の範疇から外れた、市井の経済循環が盛んな国かもしれない。

*アダム・スミス、ケインズ、ハイエク、ポランニー、そして現在の行動経済学などは、ホモ・エコノミクス、あるいは生産資本としての人間ではなく、不完全だが人格を持って生活の充足を願う「普通の人々(common people)」を、思考の中心に置いているように思う。

次回更新は1月14日(水)、11時の予定です。

 

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