小さい頃は、母のことが大好きだった。

母は父とは対照的で温和な性格だったし、私たち子どもに対しては寛容な人だった。

外見も対照的だった。父は見るからに怖そうで人相が悪かったが、母は近所でも評判の美人で、見た感じは良かった。

父と母の外見だけを見比べた人は皆、なぜ母が父のような男と結婚したのか不思議に思った。

数十年にわたって、気性の激しい父と衝突することもなく夫婦関係を保つことができたのは、母が温厚な性格の人だったからである。

母はとても家庭的な人で、いつも家にいて、美味しい料理やお菓子を作ってくれた。

父も手先が器用な人だったが、母も負けず劣らず器用な人で、私の服はたくさん縫ってくれたし、セーターも編んでくれた。

母が縫い物などをしていると、私も興味津々で、ミシンをかけている母のすぐ横にちょこんと座って、厭きもせずにずっと母の手元に見入っていたものである。私は末っ子で甘えん坊だったので、母に煙たがられるくらい、いつも、そばにくっついていた。

幼稚園に入る前だったか後だったか、時期に関する記憶は定かではないのだが、それまで甘えさせてくれていた母が、急に私のことを突き放すような態度をとるようになったのをはっきり覚えている。その辺の記憶は鮮明にあるので、既に物心はついていたが、その時は子ども心に、お母さんはもう甘えさせてくれないんだと何となく思い、とても寂しい気持ちになった。

 

👉『続・人災 子どもは親を選べない ~“毒親”は“家”を滅ぼす~』連載記事一覧はこちら

【イチオシ記事】翌朝「僕はどうだった?」と確かめると、「あんなに感じるものなのね。昨日の夜は初めてとろけそうなくらい…」と顔を赤くして…

【注目記事】母さんが死んだ。葬式はできず、骨壺に入れられて戻ってきた母。父からは「かかったお金はお前が働いて返せ」と請求書を渡され…