宏の言葉を聞いた恵子は「警察に被害届を出しましょう」と言った。しかし、宏は「やめてくれ。宍倉さんはきっと、情けをかけてくれたんだ。お前はこっちの世界に来るなっていう通告なんだよ」と、断った。
「親父、お袋。もしこの馬鹿息子を許してくれるなら、家業を継がせてくれ。虫のいい話に聞こえるかもしれねえが、心を入れ替えて一から仕事を覚えるつもりだ」宏の言葉には覚悟がにじんでいた。
「家業を継ぐと言うのなら、俺も恵子もお前を一切甘やかさんぞ。できるか?」
佐藤が職人の顔で言った。恵子も厳しい表情を見せている。宏は「いててて」と言って立ち上がり、「よろしくお願いします!」と、頭を下げた。市瀬の隣にいたサブちゃんは、その様子を慈(いつく)しむように眺めていた。
次にサブちゃんを預かることになったのは、相談役の山本だった。このところ、山本はいつも顔色が悪く、「現場に行っても力が入らねえから、重いものが持てねえんだ」と、ぼやいていた。
山本が根っからの病院嫌いであることは皆が知っていたので、家族から頼まれた市瀬と鈴木が病院に連れていくことになった。
山本は検査入院となり、数日後、結果が出た。末期の食道がんで、体のあちこちに転移しているという。診察室で妻の麻帆と医師の話を聞いた山本は、さめざめと泣く麻帆を慰めた。待合室で待機していた市瀬と鈴木は、山本の話を聞き、体の力が抜けてしまった。
その夜、相談役の三人は「時の扉」に集まり、隅のボックス席で話し合った。