「そうです。平林さんにお願いしようと思ったのは、ひとつには場所が茅ケ崎の昭和公民館という平林さんのお住まいの近くだったからです。そして何よりも、復帰されるとはいえ平林さんは大変な状況が続く。それを即、深夜勤務のニュースの現場に戻ってもらうのはどうかと思いまして。
講師を引き受けていただけたら昼の時間帯のプロジェクト勤務を十日間付けさせて頂きます。その間に資料集めやネタ作りをやっていただく。いかがでしょうか」
「講演の内容はどんなものに?」
「そうでした。まずそれですよね。この講座は三回シリーズとなっていまして、第一回は新聞の総論的な話です。取材や編集はもちろん、印刷から宅配システムまでトリビア満載の話を。そう例えばですね、新聞社の高速輪転機は時速何キロで回転して印刷するかとか、そんな話を横浜総局のデスクがやります。
第三回は調査報道の現状というテーマで女性記者が。そして平林さんにお願いするのは第二回、お題は『新聞の作り方』です。平林さんは百貨店の宣伝部門からウチに転職されて、その後は新聞編集一筋でやってこられた。そこで見てきたもの、挑戦してきたものをそのまま語っていただけたらいいのではと思います」
廉はその話をありがたく引き受けることにした。
講演は八月二十五日。時間は九十分。カルチャーセンター側からの注文は一つだけ。講師から一方的に話すだけではなく、「受講者参加型」の要素を織り交ぜてほしいというものだった。
深夜、宅送りのハイヤーで、留守番をしてくれている遥のことを思った。そこに和枝の顔も並んだ。
「俺の会社と藤沢の家とK大病院の三つの場所は、地図上では一辺が四〇~五〇キロの大きな三角形をつくっている。うちら家族はそんな距離を強い力で結んでいるのだ」
そう思いついてほんわかした気分になったり、相変わらず呑気な奴だなと呆れたりしているうちに家にたどり着く。午前一時を回っていた。玄関を開けると、トイレ、浴室、二階のウオークインクローゼットまで、家中の明かりという明かりが残らず点いていた。
遥は「暑い、暑い」と言いながら眠りも浅い。やっぱり心細かったのだ。汗にぬれた後ろ頭を拭いてあげて、アイス枕を差し入れた。
和枝、初めての退院。朝から頭痛がすると言い、病院を出るときから助手席のシートを倒して寝ていたが、家の近所のスーパー前で信号待ちになった時、すっと目を覚ました。おもむろに窓を開けて、自転車のかごに買い物袋を入れている人や、エスカレーターで店内に入っていく人の流れを眺めている。
やがて青信号で廉が車を出すと、和枝は窓を閉め、声もなくひとしきり泣いた。
次回更新は12月14日(日)、21時の予定です。
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