その畳の部屋に入ってまっすぐ窓の方に歩くと、そこからは思いがけず、遠くに海が見えて、きらきらと輝いている。

思えば、坂道を上り、さらに四階まであがってきたのだから、当たり前といえばそうだけれど、おそらく霞んでいない日はもっと遠くまで見渡せるかもしれないし、もしかしたらどこかの花火大会ぐらいは小さく見えるかもしれない。

春を含んだ気持ちのいい風が室内を流れた。その風を追うように台所に足を向けると、台所は足元がフローリングに張り替えられていて、新しく入れ替えたと思われるぴかぴかの流し台があった。部屋は問題の場所を入れて二つと広めのリビング兼台所で、一人の生活スペースとしては十分だ。

靴を履こうとしてから思いついて、私は問題の部屋のふすまを少しあけて、中をのぞいた。窓に白いビニールがかかっていて、室内は薄暗く、畳は黄土色で新しいとはいえない。畳は替えているといっていたのは聞き間違いだったのだろうか。

気のせいか、胸がつかえるような、これまで出会ったこのない種類の臭いが空気の底に沈んでいるような気がした。この部屋で……、と思うと、やはり気味が悪く、おそらく、この部屋を使うことはあるまいと思った。この部屋はないと思えばいい。

それで家賃が半額で、一年経過した後も今より安いのだ。息子の仕送りを増やして、学業に専念させてあげることだってできる、そう自分に言い聞かせた。引っ越し際に息子が発した、母さんも体に気をつけろよ、という言葉が耳に蘇った。ふすまをぴっちりと閉じると、私の心は決まった。