【前回の記事を読む】「確かに自閉傾向があります」放心状態の帰り道。大声で泣いた私は、それでも起きない我が子たちを見て…
第1章 診断
◆診断前の息子について
息子が1歳を過ぎるころまで、『この子は発達障害ではない』と信じていました。
目も合うし、何でも食べるし、私が話しかけていることも分かるようで、赤ちゃんとしての発語で『あー』『ウー』と返答してくれていました。なにより、息子は指差しができました。自閉症児の中には『指差し』をしない子も多く、娘がそうでした。
息子は指差しをして『これ』『あれ』と、食べたいもの、取って欲しいものを伝えてきました。そんな息子を育てながら『育児って、なんて楽しいのだろう』と感じていました。娘のときが苦しかったのかと言われると、そうではありません。
多くのことがうまくいかないながらに『なんて愛おしいのだろう』と思っていました。しかし、そこに『育児の楽しさ』を感じたことはあまりなかったように思います。あくまで、息子を育てていく中で2人を比べて感じたことです。
しかし、次第に息子は指差しをしなくなりました。そのころから、娘のとき同様、同月例の子たちよりも成長が遅いと感じるようになります。1歳をすぎても、ハイハイもつかまり立ちもしません。その上、娘が赤ちゃんのときと比べ、足の突っ張る力が弱いと感じていました。
ただ、育てにくいと感じたことはありませんでした。娘の場合は『うまくいかないな』ということが何度もあったのに、息子の場合はうまくいかないことがあまりないんです。周囲のみんなと悩んでいることが同じでした。
だから安心して、『みんなが通る悩み』なんだと感じながら過ごしていました。息子の発達の遅れが気にはなるものの、年の近い2人の子どもたちの育児が大変すぎて、悩んでいる暇はありませんでした。
『この子も発達に問題があるのかもしれない』と感じながら、なんとなく時間だけが過ぎていきました。このとき、娘の発達診断がつくまでに感じたような不安はありませんでした。
きっと、分かっていたんです。障害の診断がついてもつかなくても、私たち3人の日常は大きく変わらないことを。私たち3人には、3人の暮らしのスタイルがあって、それに必要な困り感をひとつずつクリアにしていく。
この頃はまだ、『障害』そのものが、暮らしに大きく影響を与えていると感じることは少なかったように思います。人はこの状態をよく『乗り越えた』『受け止めた』と呼んでいましたが、私はただ、孤独で大変な暮らしに慣れただけだと感じていました。