病室では、ベッドの周りはカーテンで仕切られ安静の措置がとられた。父親には、私の事故のことを担任から「松君のお父さんですか。本日午後二時頃に松君は、陸上の円盤が後頭部を直撃する事故に遭い、練馬区の田中脳神経外科に搬送されました。意識不明の重体です」と職場に連絡があった。

父親は「わかりました。息子のことが心配なので直ぐに病院に向かいます」と言って職場から病院に直行した。

父親は、病院に着くと西から事故の状況を聞いた。

学校から病院まで付き添いした西から「松君は、救急車の中で声掛けをしたら反応していたので意識はあると思います」

父親は「どうして事故が起きたかわかるか?」

西は「事故の瞬間は見ていないのでわからないのですが、居合わせた友人に聞くと松君が校庭をランニングしている時に、誤って陸上部の投擲(とうてき)している場所に侵入したみたいです」と答えた。

「そうか。何故、間違えて幸一はそんな場所に侵入したのか。誰か注意する人はいなかったのか?」と父親は、西に問い掛けた。

西は「危ない、止まれと陸上部の顧問が注意したけど間に合わなかったと聞きました」と事故の説明をした。

西は「救急車の中で、松君に問い掛けて、反応したので意識はあると思います。松君は、必ず回復してくれると信じています」と話すと父親は無言で頷くだけだった。

父親は、点滴を繋がれ、頭部には包帯が巻かれた私の容態をそっと見守り、カーテンを開けて私の手を握り「幸一、早く回復してくれ! お前は、産まれた時も逆子で大変だったけど。今度はこんな大怪我するなんて!」と囁いた。事故当日は、私が無事回復することを祈って父親は帰宅した。

私が目を覚ましたのは翌朝だった。救急車で搬送された練馬区の田中脳神経外科病院で、翌朝に病室で目を覚ました。腕には点滴、頭部には包帯が巻かれていた。窓から明るい日差しを受けて、夢の中にいるのか現実の世界か、点滴と頭部の包帯が巻かれた状態でいる私の身の上に起きたことがわからなかった。

「ここは、何処なんだ」病室のベッドに横たわっていることが理解できなかった。私は、何処にいるかわからなかった。何故ここにいるのか困惑していた。

 

試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

 

👉『弔いの回想録』連載記事一覧はこちら

【イチオシ記事】電車でぐったりしていた私に声をかけてきたのは、不倫相手の妻だった

【注目記事】父は窒息死、母は凍死、長女は溺死── 家族は4人、しかし死体は三つ、靴も3足。静岡県藤市十燈荘で起きた異様すぎる一家殺害事件