ある時ウイマは、久しぶりの東京でウィンドウショッピングをしながら街の大きな通りを散歩していた。その時チッケは、同じ大きな通りから少し入った裏通りを足元に石ころでもあったら遠くに蹴飛ばそうと思いながら、下を向いて歩いていた。
何となくフラフラッと大通りに出てみた所で、驚くことにウイマとバッタリ出会った。ウイマが現在住んでいるジャカルタから一時帰国していたことは知っていたけど
「どうして今ここで?」
と二人同時に思った。チッケとウイマはあり得ない偶然の出会いを飛び上がるほど喜んで
「何で、何で?」
と思春期の頃に戻ったように時間を忘れてはしゃいだ。
そしてチッケはまた
「確信! クーカが私とウイマが出会うように仕掛けたんだわ!」
とウイマに見られないようにそっとガッツポーズをした。
第一子を身籠もっているウイマには、クーカとはもう会えないことを言えるはずもなかった。
クーカは段々面白くなってきたと思った。
「そこを曲がれってお前に言ったんだよ。ウイマがすぐ近くにいたからさ」
クーカの思いが現実になるということは、自分が存在していることをチッケにサインとして伝えられているということになるんだとクーカにはわかった。
「俺に気づけよ! チッケ。お前のそばを離れないからな」
そう思っても言葉にならない。言葉として伝わらないもどかしさには耐えなければならないのだ。
クーカは、チッケにも同じように喜びと背中合わせで悲しみがあるんだろうと思うと、二人の今の状況が辛くてたまらなくなった。
チッケは、まだ自分の心臓が動いていることが腹立たしくてならなかった。
しかし心臓を止めたいという願いより、今二人の間に起こっている不思議な出来事の続きを知りたいと思う気持ちのほうが強かった。
クーカがいないとはどうしても思えなかった。チッケがクーカを頼りたい時にクーカが力を貸してくれているような気がする。消えてなくなったのは身体だけでクーカの意識はチッケの次の行動に向けられている。まるでクーカが先読みしているみたいに。
気のせいだろうか偶然だろうかと思ってはみるが、やはり何かおかしい。
友人に話す気になれないのは、否定されたり同情されたりするだけで、何が起こっているのかは一緒に考えてもらえそうにないからだ。
クーカの存在を実感しているのはチッケだけなのだ。
「そうだね、気のせいだね」
と結局虚しく引き下がることになるだろう。幽霊とか怪奇現象とか錯覚とか思われたらクーカが可哀想だと思うのだ。
とはいえ、クーカの存在を確信する思いに対して少しだけ半信半疑になっている自分も否定できない。
チッケはこのまましばらくは、クーカがいるという確証を得られる証拠集めをしてみようと決めた。
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