今日のグラウンドは、恭平の最も好むコンディションだ。
再び反対側のゴールに向かって走り始め、ハーフ・ラインを勢いよく越え、弾む息で振り返ると、本来パラレルであるはずの二本の直線は何故か途中で交錯し、最後には一本の直線になっていた。
試合の三十分も前から、両校の応援団による応援合戦が始まった。
いつもの太鼓だけでなく、吹奏楽部まで動員している彼らだって、きっと純粋に試合を応援しようとしている訳じゃない。なにしろ今日の決勝戦はテレビで完全中継されるし、相手の道修館高校にしたところで共に野球部が弱く、応援団の活躍の場を持たない彼らとしては、格好の場を与えられて張り切らざるを得ないはず。
しかし、恭平にとってそんな詮索はどうでも好い話で、応援は多ければ多い方が好く、テレビでもラジオでも、中継でも録画でも、要するに人の目がこちらを向いてさえいれば好いのだった。
加えて、それらの全てと天秤に掛けてもいい程のウェートを占めるのが、佳緒里の存在に他ならない。その佳緒里が、今日は応援団の陣取るスタンドの最前列左端にいる。
これは初の快挙だ。なにしろ、これまでの佳緒里ときたら校舎の三階の窓から見ていたり、敵方の応援団の片隅にいたりで、試合前の練習中に佳緒里の姿を探すだけで、恭平は神経を擦り減らすのが常だった。
試合前の練習を終えると、中野監督からの短い指示があった。
「本当のところ、今年のチームには余り期待していなかった。来年は必ず全国大会に連れて行く。今年はそのためのステップだと考えていた。しかし、ここまで来たら欲も出る。今日の試合を決めるのは三年生が全てだ。
大谷、お前はまず一点取れ。本川は妙な色気を出さずに守りに徹しろ。工藤はどこまでも岡崎をマークして絶対に離されるな。そして高宮、お前はキャプテンとして今日の試合くらい気を抜かず、意地を見せろ。試合を面白くするのも、ぶち壊すのもお前次第だ。
二年生は、とにかく三年生を助けてやれ。あとは、運が良けりゃ勝てる」
(おいおい、試合の直前に、その言い草はないだろう! やれ、期待していなかった……だとか、運が良けりゃ勝てる……だとか、もっと違った言い方があるだろう!)
優勝請負人と称される赴任一年目の中野監督は、淡々と言い放ってくれる。でも、それまでのチーム全体の力みが消え、妙にリラックスした雰囲気に変わってくるから不思議だ。
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