【前回の記事を読む】彼女は窓を開けるだけ――それでも男子高校生の心を惑わす《ヴィーナス》
Chapter2 HERO
恭平は近視だからって理由ではなく、遠くを見ることができない。
父親に言わせれば、目先のことしか考えておらず計画性がない。
新たに何かを始めようとする時、たいていの場合は然したる理由などなく、単なる弾みで何かを始め、始めた後にふと言い訳めいた台詞を吐いて、思いがけず後付けの言い訳の台詞が気に入ってしまい、さも当初からの動機みたいに自分自身で錯覚してしまう。
そんな偏向が強いせいか、何事によらず動機と言い訳が混然としている。
『何故、サッカーを始めたのか』今ではよく判らない。
しかし、それでは面白くないから、説得力ある動機のひとつやふたつ、即座に答えられる準備は怠っていないつもりでいる。
例えば、『子供は誰も純粋だ!』などと言う無神経な大人たちの言葉を、恭平は子供の頃から信じてはいなかった(……と思う)。信じてはいなかったけれど、その言葉が恭平に向けて発せられた時の心地好い響きを捨て難いと感じていた。だから恭平は、大人たちからの称賛の言葉を求めて子供らしさを演じるうちに、いつの間にか本当の自分を見失っていた。
似たように『爽やかなスポーツマンが好きです……』などとしたり顔の女どもに、唾をかけてやりたいと思っていた。唾をかけてやりたいと思いながらも、恭平はスポーツマンとの称号だけは生涯手放したくないと決めていた。
誤解しないでいただきたいのだけれど、恭平は爽やかなスポーツマンになりたいのではなく、爽やかなスポーツマンとして連想されたいと望んでいた。つまり十八歳の恭平は、唾棄(だき)すべき女性たちの関心を集め、好感を持たれたいと熱烈に希(ねが)っていた。
だから、高校の合格発表の当日、サッカー部への入部を表明したのは、曲折的かつ短絡的な恭平の思考形態からすれば自然な成り行きだろう。
では、数多のスポーツが存在する中で何故サッカーなのか、これにも当然ながら幾つもの言い訳が用意してある。そのワン・ノブ・ゼムを述べると、そもそも恭平は運動能力が秀でている訳ではない。だから陸上競技みたいに「ヨーイ・ドン!」でスタートしたら勝てる確率は低い。
しかしサッカーなら、勝手に予測し、早目にスタートを切っても、フライングの反則にはならない。それにバレーボールみたいにネット越しのプレーではないから、身長やジャンプ力で劣っても、タイミングさえ合わせればヘディングで競り勝つことだってできる。
万事がそんな具合で、恭平の行動のひとつひとつに深い思慮など存在しない。
現に、昨夜眠れぬほどに執着した大学への近道としての決勝戦は、すでに何処かに忘れられ、今はただ燃えるような気持ちで試合に臨み、勝利する瞬間を佳緒里に見て欲しい! それだけを考えていた。
恭平はまたも下唇を噛み、眉間に皺を寄せ、無人のスタンドに向かって微笑んだ。