道長は、咲が「女力士なんか辞める」と言い出すことを心配していたのに、関取として本場所に上がる可能性が出てきたことに感謝した。
本場所出場となれば、入場時に予備力士も帯同しなければいけない(女相撲では不戦勝でも、お客さんに相撲を楽しんでもらう目的で、欠場した関取の代わりに代理の女力士が相撲を取ることになっている)。
そちらも、雷子に務めてもらうことにした。自分が四六時中、咲に付いている訳にはいかないので、同性の雷子が咲の傍らに付いてくれるのは有り難かった。
咲を本場所に関取として上げる前に、道長は外部との接触を一切行わない方針(後援会も廃止し、相撲マスコミにも情報は出さない。極力、人前には出ない)にしたいと女将に提案した。
咲が人見知りで、会話が苦手なことと相撲に集中させたいからであった。
女将は「その方針でも良いが、一人だけ桜田部屋の後援会に入っている者が居るから、挨拶にだけ行って欲しい」と言った。
桜田部屋に後援会なんてあったの? ある程度、部屋の状況は把握しているつもりの道長だったが、桜田部屋に後援会が存在していることや、その後援会に入会している奇特な方の存在は知らなかった。
道長、咲、雷子の三人は、巴達が用意した土産を持って、電車を乗り継ぎ、その人を訪ねた。
その人の名は、望月正宗(もちづきまさむね)であった。企業再生人として経済界では有名な人であり、その名前は道長も咲も知っていた。
望月は、桜田部屋設立の発起人で、その後の本場所での女相撲興行の道筋を作ったという、女相撲にとっても重要な人物であった。