(二)
リョウの父の名はアクリイ、漢名を康憶嶺(こうおくれい)という。〝康〟は康国と呼ばれるサマルカンド出身のソグド人が付ける漢字姓である。ソグド人特有の深い碧い眼と高い鼻を持ち、背が高く、分厚い胸、がっしりした肩と腕の父は、集団の中でもひときわ目立っていた。
漢人の母に似た顔立ちだと言われるリョウだが、身体つきはだんだん父親に似てきたと言われると、少し恥ずかしいような、嬉しいような気がするのだった。
遥か西域のオアシス地帯で子供時代を過ごした父は、その地のソグド人の多くがそうであるように、若いころには隊商の一員としてソグディアナ3周辺を行き来していた。商人と言っても過酷な道のりの長旅をするのであり、野盗や異国の軍隊から身を守るために、自ら武器を取り戦うすべを知っている武人でもある。
その父が長安での商売に成功したのは、母とその実家が大いに助けになったようだ。母はそんなことは一言も言わなかったが、祖父の石屋に遊びに行くと、伯母さん、つまり母の兄の奥さんが、茶飲み話でいろいろ母に話すのを聞くともなく聞くことがあった。
父は母のおかげで流ちょうな漢語を話せるようになっただの、お祖父さんの紹介で宮廷貴族とも付き合うようになったなどと言うのを、母は少し迷惑そうに聞いていたようだった。
父は、王家の血を引くある貴族の謀反の噂に巻き込まれ、長安を追放になったのだという。これは母から聞いた話だった。謀反の噂を立てられた貴族は死罪となったが、父は何も悪いことはしておらず証拠もないことと、母の実家の働きかけがあって、死罪は免れた。
その代わりに、実家の石屋はリョウたち家族との関係を完全に断つということを約束させられ、家族は長安の遥か北、今いる長城外の草原に移ることになったのだ。
1 突厥~中国北側のモンゴリアを制覇したテュルク(トルコ)系遊牧民の国。突厥第一帝国建国(552年)、東西分裂、東突厥滅亡(630年)などを経た突厥第二帝国(682年~742年)が本書の舞台となっている。
2 廟号~天子の死後、霊を祀る際につける尊号。唐の第六代皇帝李隆基の廟号は玄宗。
3 ソグディアナ~「ソグド人の土地」の意。中央ユーラシア、現在のウズベキスタンとタジキスタンの一部。サマルカンド(康国)、キッシュ(史国)、ブハラ(安国)、タシケント(石国)、マーイムルグ(米国)などの多くのオアシス都市国家が知られる。
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