穴の黒い色は不気味だ。義継としては、其れ故にこう尋ねたくもなる。
「心配するな、此の中は明るい広い世界だ。来い」
義継は、目の前の者を信じてみようと思った。あかなんだら、目を醒ませば良い。それで元の世界に戻れるのだから、と。
其の者に付いて穴の中に入ると、明るく広く素晴らしい世界が目の前に広がっていた。青い空、緑の木々の森や草原、咲きほこる草花。其れらを見た義継は、天の世界に来たとさえ思った。
「此の世界は、一体、何の世界だ?」
義継は知りたい気持ちで、叫ぶように尋ねる。
「此処は、人々の心の中の天界だ。そして私は天の内の一人だ。此の世界は人々の心の中で繋がっている」
義継は不意に後ろを見る。つい先程、出たばかりの黒い穴が小さくなっていく。そして遂に、穴は閉じ無くなっていった。しかし戻れない不安は無い。目を醒ませば良いのだから。
其れからの義継は、天と称する者に付いて夢の中の天界を歩き続けた。草花が所々に咲く草原を歩いていくと、前方に森が見えた。天は
「彼処(あそこ)に行こう」
と言う。義継としては、どんな所かと期待もする。目に見えるのは緑一色の森ではあるが、中に入れば違うかもしれない。
森の中に入った。突如、薄紫色の花々に全体が覆われた木々が目に飛び込んできた。それも幾本程度ではない。此の中に入れば、森全体がそんな木ばかりだ。目を近付けて、其の木の花を見てみた。
ジャカランダの花だ。更によく見てみると、緑の葉は出ておらず薄紫色の無数の花々で木が覆われていた。
義継は、薄紅色の無数の花に覆われた桜の木が、薄紫色の花にとって代わったような錯覚に陥った。素晴らしい、素晴らしい。桜の花とは色が違うが、まるで色の違う桜の木の下に居るようだ。此処はそんなのが見られる世界だ。其れが現実の地上の世界で見られるのか?
しかし、こんな素晴らしい世界を見続ける義継も、次第に飽きを感じ、天に御願いする。
「別の所に、見る所ありませんか?」
「飽きがきたようだね?」
「そうだけど」
「なら、別の所がある。此処を出よう」
天は自分を他の場所に連れていこうとするが、今度はどんな所なんだろう。義継の心の中に、そうした期待感が次第に高まっていく。
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