【前回の記事を読む】「撃たれなかった理由は、白人ではないから?」初めての海外出張で、まだ少年のようなゲリラ兵に銃を向けられ…

二〇〇四年 孝一@南の島

滝の裏は俺の秘密基地だ! 

腹が減っていることを思い出した。

食いもん、あるのか? ワニいたら喰ってやる。どこかにいないか?

見回し、服を投げた岩に視線を移した。服の上に、何か、黄色い物がある。

なんでだ? どこから落ちてきた?

そこまで届く枝は上にない。心臓が跳ね出す。再び、幻聴が幾つも、両耳の間で蘇る。誰か、いる? 猿であってほしい。

もう少し近づいた。それがマンゴーに見えてきた。

腹が減りすぎて幻を見てる? やっぱりマンゴーだ。

あたりを見回し、水の中から腕を伸ばす。触っても、そのマンゴーは消えなかった。かぶりついた。

大きな種と厚い皮の内側に付いた果肉を歯で無我夢中にこそげ落としていると、何かが聞こえた。甘ったるいような音。

声だ。

光速で電流が神経を伝う。

女だ。

そのクスクスが聞こえる方を向いた。大きな岩の向こうに隠れている。

罠か? ゲリラ? そうだ、ゲリラ! 何かが、起こった。女も一味か? 何人いる?

嘔吐感が蘇り胃の中のマンゴーが逆流する。

服に手を伸ばそうとしたとき大岩の陰から小さな猿が出てきた。五十センチほどの猿には数メートルの紐が付いている。

紐。誰か、いる。

猿がキーっと笑った。

笑ったんだろう。

服を着始めたとき、大きな岩の向こうでクスクス笑いがまた始まった。数メートルの距離を保ち覗いてみる。

戦闘員には見えない純朴そうな女がいた。慌てて残りの服をまとめて掴み体を隠す。

小柄な女が大きな黒い瞳でいたずらっぽく見つめている。日に焼けた肌と腰に届く黒い髪が太陽を跳ね返し輝く。

俺は生きていると体の中で本能が炸裂したが、女を人間だと思っている自分に気がついた。

焦る必要はない。そのことも知っている。なぜ?

色落ちしてベージュになったタンクトップと擦り切れた短パンから伸びる手足が生命力の塊のようなオーラを発している。

罠か? 

しかし警戒心を緩ませて解放感が凌駕する。新しい命が吹き込まれたように、胸くそ悪さが消えうせ、足裏に数々できた切り傷も消えた。不気味な恐怖の感覚も忘れていた。

「誰?」

彼女は食べ物の恩人に違いない。

怖がらせないよう優しく声をかけた。

彼女は答えた。確かに、ふっくらしたくちびると白い歯が弾むリズムで声を発した。何を言っているのか、わからない。

やっぱり、ここは、外国なんだ。オキナワじゃなかった。オキナワって、どこだ? 

自分の中にある特別な存在、大切な何かを抱えているはず、は、どうでもよくなってきた。