ところが、この女に関する情報は、管理人以外からは全く入ってこなかった。だから、名前すらわからなかった。
大東はこの女性の存在を心に留めながら、平行して、出入りの業者を調べた。総勢二百八十五人だった。当初このうちの五人のアリバイが得られなかった。が、時間を追うごとに証拠が出てきた。そのうちの二人は、事件当日の土曜日のその時間に、風俗店で悦楽を享受していた。だから、照れ臭くてなかなか言い出せなかったが、風俗嬢が彼らのアリバイをそれぞれ実証した。
残る三人は、当日在宅していたというものの、一人暮らしで証人が存在せず、アリバイが立証できなかった。だが、いずれの者たちも、末端の出入りの業者で、店長の顔さえはっきりとわからないような有様で、したがって店長との間に構築された人間関係もなく、恨みを抱くような動機もなかった。だから、この三人は捜査本部の判断で白と断定された。
これらの合計六百三十七人の捜査が完了するまでに、実に四ヵ月が費やされた。そして、その年も既に夏が終わろうとしていた。
当初百人体制だった捜査本部も徐々に縮小され、その頃には三十名を割っていた。捜査本部の大東警部は、長期戦を覚悟していたが、ここまで容疑者が特定できないと、犯人を検挙するのは、かなり困難なのではないかと思うようになっていた。
秋になって、更に捜査陣の人数が減少した。それは十月の警察署の職員を初めとする一連の公務員の人事異動とも微妙に絡んでいた。
その頃、達郎は、智子を亡くした衝撃も、彼女の不倫の相手である井上をふとした弾みで殺してしまった悔恨も、脳裏から消えつつあった。
ところで、智子が交通事故に遭った当日の夜、食事をすることになっていた総務部の吉沢美里とは、梅雨が明けてしばらくしてから、その当初の約束を履行していた。
その日、彼女をエスコートした達郎は、二軒目のワンショットバーを出た所で、いきなり彼女の唇を奪った。女房を亡くした中年の男らしく、ゆっくり時間をかけて、口説くべきだったのかもしれないが、必要以上に大事に行き過ぎると、失敗に終わるケースが多い、と女好きの友人からきいていたので、一気呵成に攻撃した。それが功を奏した。結果はとんとん拍子に進み、二度目に会った時にはベッドインしていた。
夏は新盆だったので、表向きは派手な行動は取れなかったが、それでも八月の終わりの土日を絡めて、三泊四日のグァム島旅行に、美里と二人で行ってきた。もちろん、会社内には内密にしておいた。
秋になって美里との恋は一層燃え上がった。達郎は、十年以上年の差がある美里が可愛くてたまらなかった。美里は、性格は穏やかで、おっとりとしていたが、夜になると豹変した。その変わりように、達郎は驚愕したが、それもうれしい悲鳴だった。
年若い美里との逢瀬を楽しみながら、新しい年が明けた。
その頃になると、智子や井上の事件のことなど、記憶の彼方に消えかけていた。
「大人の恋愛ピックアップ記事」の次回更新は10月12日(日)、12時の予定です。
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