そうすると一撃で数多くの破片が飛び散り、その中から形をみてナイフ状の石器にする。うまく砕ければ石核のハンドアックスより効率がいい、という。
ラウンジの中は声が騒がしいほどではないが、人の出入りが頻繁だ。だれも他人の事など無とんちゃくで、仮にJJ がムンギギのように右手をはでに振り下ろし、頭の割り方を実演していても気にもしない。唯井はどうにも納得できずに
「われわれができない程の技でもないだろう、やらないだけで」そうこだわって反論すると、
「それは違う、まずできない。たとえばね、石器の技法のなかで頂点だとされてるルヴァロワの剥片石器だけど……」
と、また唯井の知らない専門用語だ。
「今から七万年ほど前にあらわれた剥片石器の最高峰の技法だね。岩に入念に下準備をほどこしたうえで、骨のたがねで急所をガンと打つ。するとだよ、ほぼ同一規格の尖ったナイフや平べったい包丁が、一つずつ割れて飛び出すしかけね」
聞いただけでは容易に想像できないが、まるで手品のように聞こえる。
「現代人でね、このとおり再現できるのは、世界でも十人いるかどうかだよ」と得意げだ。
そう聞いて唯井の無用のこだわりも頂点となった。
そうだ、いつも邪魔するのが、このこだわりだった。いったんこだわると、そこから先に考えが進まず、進んでもまた繰り返す。あの司法試験など、法律の条文も判例もただ丸暗記すればよいものを。在るはずのない法の真理や正義を、ずっとだ。唯井自身も分かってはいる、だがこれが宿命かもしれない。
「いまの世界で十人なら、それは当時でもそうとう難しい技なんだろ?」