2. 饗宴
僕は車を降りてトランクを開け、ランドリーバッグを取り出して勢いよく閉めると、ヒップホップのベースラインに紛れて、部屋で飼っているシーズーの高い吠え声が微かに耳に届いた。
地面の広い水たまりを避けるようにポーチへまわり込み、片腕に荷物を抱えながら「102」と番号が振られた玄関を空いた手でそっと開けたとたん、音楽と共振する空気が肌とぶつかり、不穏な熱気と香りが鼻をついた。
さまざまな母国語を使う男女のやり取りや、片言の日本語でジョークを飛ばす声などがほんのつかの間まばらに途絶え、その声の抑揚は台風が過ぎた後の吹き返しの風のように、風向きを変えて再びピークに向かう前の奇妙な穏やかさを感じさせた。
その空間はまるで、隕石に打ち抜かれた白く煙立つ神聖な穴の闇のように、混沌としていて空虚な夜の静けさを引き込み、ときに喧騒の中で激しく揺すぶられる胎内の闇のように少しせつなく、尊くもあり、あるいは白い粉を溶かすアロマポットのキャンドルの炎が、一隅を照らす光の片鱗にすら見えてしまいそうなはかなさを満たして、僕を出迎えた。
「おかえりリク。私ごめん、このピンガ急に目がまわって強すぎよ、いま二回もリバースしちゃった。ちゃんと流しのディスポーザー動かしたわ、ちゃんと」
シーズーが奥のバスルームからこちらを向いて甲高い遠吠えを上げ、ソファに仰向けになったハルカは細い体を横に「く」の字に折り曲げて咳き込む。ヒカルが苦労して編み上げたという、全頭が鎖のようになった独特のヘアスタイルは、痒さに耐えきれなくなったと言って、いまはすべてほどかれてずいぶんおとなしい印象になった。ムラマサでいまもウェイトレスをしているが、在留資格はもうとっくに切れている。
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