【前回の記事を読む】「金は?」男は全身から凶暴なオーラを発しながら、バニラシェイクを飲んでいる

第一章

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年が明けて三日目。すべての景色は白と灰色の底。何年かぶりに東京に大雪が降ったのだった。それでも遊歩道は丁寧に除雪されており、雪遊びをする子供たちや親子連れもちらほらと見られる。

正月の東京は静かだった。どいつもこいつも故郷とやらに帰省しているのだろう。博昭にも故郷とやらはあるにはあったが、帰りたいとも思わない。故郷でのんびりするだの、休息をとるだの、そんな生ぬるい連中はハンターに狩られる獲物でしかない。そんな奴らをぶっ飛ばすためにこの街に出てきたのだから。

せいぜいのんびりすればいい。その間に俺が全部かっさらってやる。

博昭は舐めるように街を睨み、それから足を踏み出した。

ハンバーガーショップの駐車場を出ると環八をそれ、マンションの裏側に面した路地に入った。駐車場のかたわらを抜け凍結した歩道に出る。息が白い。首筋に冷たい風が吹きつける。

骸の奴らめ。

博昭は憤っていた。

緩やかにカーブする公園沿いを、前をしっかりと見ながら歩いた。

骸。練馬を縄張りとするギャング。リーダーが変わってから、奴らは変わった。練馬のイモくさい不良ではなく、よりファッショナブルに、より攻撃的になった。以前は、博昭をリーダーとする浜田山愚連隊とはテリトリーがかち合わず、揉めるようなこともなかったが、最近になって浜田山愚連隊の縄張りである渋谷や中目黒にまで出没するようになった。そのため小競り合いが頻繁に起こった。

その小競り合いが一気に過熱したのは昨年末のこと。クリスマス・イブの渋谷センター街での乱闘により、骸のリーダー、福田の弟が重傷を負った。復讐を誓った福田は、無差別に浜田山愚連隊のメンバーを狙った。年が明けても事態は悪化するばかりで、骸は浜田山愚連隊のビジネスにまで手を出し始めた。

徹底的に潰してやる。

博昭はしっかりとした足取りで歩いた。人影少ない歩道のど真ん中を。この道を抜け、別の資金回収係が待つファミレスに向かうのだ。

道路に面した右側に三階建ての豪邸があり、中年の男が雪かきをしていた。なにげなく目をやった博昭と男の目が合った。博昭は無意識に歩調を緩めた。男はスコップを手に持ったまま、博昭をじっと見ている。奇妙な男だった。異様に整った顔立ちだが、表情がまったくないために、人間というよりコンピューターで作られたアニメのように見えた。博昭は男の視線を感じながら、そのまま前へ進んだ。

緩やかにカーブする道路を歩いていると、左側の公園の木々の合間から二つの人影が見えた。立ち止まって目を凝らす。人影は、何事か楽しそうに語らいながら、ゆっくりと博昭のいる方へと進んでくる。二人の姿が次第に鮮明になる。黒ずくめの服に黒マスク。心の警報が鳴った。

骸?

背後で唸るような車のエンジン音がした。

振り返った。最初に目に入ったのは黒塗りの四輪駆動車だった。博昭の立っている場所の数メートル後で、四駆は急ブレーキをかけて止まった。運転席と助手席のドアから、黒ずくめの男たちが飛び出してくる。運転席の男はバットを手にしていた。

「工藤ー!」

男がバットを振り上げながら突進してくる。風を切る音が聞こえた瞬間、博昭は右手で頭を庇った。ゴツッと音がした。背後から足音が聞こえる。

博昭は咄嗟に男に体当たりをし、足払いをかけた。そして、ひっくり返った男の腕を思いっきり踏みつける。手からバットが離れた。空いている足で男の顎を蹴り上げる。足音が近づく。博昭はバットを手に取った。

「死ね。工藤!」