フォントスは移動カプセルに乗って、アンドロメダ銀河にある刑務所から逃亡してきた。

フォントスは焦っていた。早く生物の意識に乗り移り物質界に逃げ込まないと、宇宙空間に惜しげもなくさらされたフォントスの生命エネルギーが木星に設置された高感度生命エネルギーセンサーに感知され、アンドロメダ銀河にあるリンネ計画センターの刑務官に通報されるからだ。

生物の意識に乗り移るには、乗り移る相手が弱っていなくてはならない。フォントスには前世で得た戸塚の土地勘があり、病院の近くの公園を着陸地として選んだ。

鳥飼は救急処置室から三階のICUに移されていた。依然意識は戻っていない。その日ICUには鳥飼一人が収容されていた。

フォントスは病院の中に多くの生命エネルギーを感じていたが、そのうちの一体が特に弱っているのを見逃さなかった。

その一体は三階のICUにいて、人生の終わりを迎えようとしていた。フォントスは上昇してICUの中に入っていき、弱った一体の頭部に付着した。頭部にあるツボの百会(ひゃくえ)から離脱しようとしている生命エネルギーを押し戻し体内に侵入した。弱った生命エネルギーの抵抗は少なく、意外と簡単に乗り移ることができた。

鳥飼の血圧、心拍数はナースステーションでモニタリングされていたが、フォントスが鳥飼に乗り移った瞬間、瀕死の状態を示していた血圧、心拍数が正常に戻った。この驚くべき状況を、朝の業務に忙殺されて、ナースステーションの誰も気づくことはなかった。

しかし、木星にあるリンネ計画センター遠隔監視サイトの高感度生命エネルギーセンサーは、フォントスの生命エネルギーの振動パターンを、短い時間であるが日本の横浜付近に検出していた。

フォントスに乗り移られた鳥飼は午前中の課長会議を終え、昼食後の一時を支店長室でくつろいでいた。新年度になった四月はただでさえ忙しい時期であり、ほっと一息つきながら、退院そして職場復帰と慌ただしかったこの二週間を思い起こしていた。

病院で狭心症を疑われ精密検査をされたが、若干心臓に肥大が見られるだけで、医者も鳥飼が何故救急車で運び込まれたのか原因が分からなかった。鳥飼は一ヶ月後に再検査をする約束をさせられ退院を許された。まさかフォントスの生命エネルギーが、鳥飼の弱った心臓を急速に回復させたとは、医者は想像すらしていなかった。

 

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