第一章 プロローグ

パンデミックが起こる数年前、人々が自由に集い、語らい合っていた頃の、三月中旬から物語は始まる。

鳥飼信一は朝から気分がすぐれなかった。動悸がして少し吐き気もした。支店内の月例ミーティングが終わったら医者に行こうと思った。

鳥飼は三陽銀行川崎支店の支店長で、三陽銀行は国内の預金量ランキング二位の都市銀行だ。鳥飼は横浜市郊外の戸塚駅から徒歩五分のマンションに住んでいる。

三月になったがお彼岸前はまだ肌寒く、マンションを出る時は寒さで少し身震いをした。気分がすぐれないのはこの寒さのせいかもしれないと思った。ところが、調子が今一つなのにオフィスワーカーのダイエット習慣に従って、JR戸塚駅の地下改札を抜け階段を歩いて上がっていった。

この時、胸に衝撃的な痛みが走った。鳥飼は階段の踊り場まで転がり落ち、そこで意識を失った。

通勤の流れにどよめきが起こったが、大半の通勤客はそのまま階段の上り下りを続けている。それでも親切な客が知らせたのであろうか、駅員が二人駆けつけてきた。鳥飼の意識と呼吸がないのを確認し、一人は救急車を呼びに事務室に走り、もう一人は心臓マッサージを始めた。駅員は救急救命の訓練を受けているのか、落ち着いて心臓マッサージを続けている。

暫くして、幸いにも鳥飼は呼吸を取り戻した。数分後救急車が到着し戸塚郊外の総合病院へ運ばれた。心電図検査の結果狭心症が疑われ、ニトログリセリンが投与されたが、まだ鳥飼の意識は回復していない。

鳥飼が運び込まれた病院の近くに県立の公園がある。フォントスはこの公園に着陸することにした。

フォントスは生命エネルギーの塊で、俗に言う魂だ。

フォントスが近くにいても普通の人間は全く気づかない。何故なら、誰もフォントスを見ることができないし、触ることもできないからだ。匂いさえもない。逆に、フォントスは物質界を正確に長時間認識することができない。物質界を認識し物質界に働きかけるためには、生物の意識に乗り移る、つまり憑依することが必要だ。