「うん吸わん。子供の頃に祭りに行った先でどこかの大人にタバコの火を手に付けられてね。火傷した。大人が下げたタバコの火が子供の顔や手に当たるって事を理解していない馬鹿な大人がいたんだ。それにあの臭い。

本人はまったく気が付かないがタバコを吸って来た人間の口から出るあの臭いはたまらん。だから俺は吸わない。まあそんな事より飲め飲め」

「アー食った食ったー。美味しかった。これこそ生きている証だ」

「さあ帰ろうか。美代ちゃんありがとう」

綿藤(めんどう)美代「ありがとうございました。気を付けてお帰りください」

 

外は凍てついた夜だった。 遠くの街灯の灯がぼやけて見えた。

「ブルブル、寒い。先輩今夜は寒いですね」

「うーんブルブル。寒い。こんなに冷え込むとは思わなかった」

「先輩、大丈夫ですか? 気を付けて帰ってください」

「大丈夫ってことさ。あばよ」

「うー寒い。なんて寒いんだ。いけねー何だか胸が苦しくなって来た。少し飲みすぎたかな。いけねー、何だか胸が重苦しいぞ。あーだめだ。おーい誰かー」

救急車のサイレンが鳴り響いた。

 

ここは通夜の席である。暗がりの中、たくさんの灯明が揺れている。境内に読経の声が響いている。原出太郎の後輩の大苦来要(おおぐらいかなめ)と田部杉太(たべすぎた)がひそひそと話をしていた。

 

「先輩も亡くなってしまった。よく飲んだ先輩だったが」

「心筋梗塞だったそうだよ。身体中の血管がぼろぼろになっていたそうだ」 大苦来要が少し震えながら田部に語りかけた。

「そんなになっていたんですか。でもとても元気そうだったけれど。わからないものですね」そこに参列していた一言裕(ひとことゆう)医師が二人の会話に加わった。

「糖尿病の時には全身の血管がやられてくるんだよ。そのため脳梗塞や目の障害、心筋梗塞や腎臓の障害が生じる。糖尿病の方の死亡原因はこれらの血管の障害と癌がほとんどなんだ。とりわけ最近は心筋梗塞による死亡が増加している」

 

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